「離れぬ笑い声」

ある静かな夜、北海道の小さな町にある古びた敷地には、かつて家族が暮らしていた長屋が残されていた。
そこは今や無人となり、草が生い茂り、寂れた雰囲気を醸し出している。
地元の人々はその場所を避けるようにしていたが、そこには一つの伝説が存在していた。

ある日、青年の健太は友人たちとともに、その長屋に探検しに行くことを決めた。
普段は落ち着いている健太だが、その夜は思い切った行動を取ることにした。
友人たちは最初こそためらっていたものの、若さゆえの好奇心に負け、彼に従うこととなった。

長屋に足を踏み入れると、空気はひんやりとした冷たさを帯びていた。
薄暗い廊下を進むと、古びた扉が一つある部屋に辿り着いた。
健太がその扉を開けると、廊下からは想像もつかないような奇妙な笑い声が響いてきた。
「何だ、これ?」と友人の泰介が呟くと、皆は一瞬背筋が凍る思いをした。

その笑い声は、どこか不気味で、まるで誰かが彼らを嘲笑っているように聞こえた。
健太は興味を抱き、その声の主を探そうとし、部屋の中へと足を踏み入れた。
しかし、そこには何もなかった。
ただ、埃をかぶった家具と、ひび割れた鏡があるだけだった。

「ここには何もないんだな」と、お互いに安堵し始めたその瞬間、再び笑い声が響いた。
今度は、健太の耳元でささやかれるような声だった。
「離れてはいけない、離れないで」と、まるで彼の心の中に直接語りかけてくるかのような声だ。
健太は恐れを抱き、急いで部屋を出ようとしたが、なんと体が動かない。
まるで、何かに捕まったかのように。

友人たちも健太の異変に気づき、慌てて彼のもとに駆け寄った。
「健太、どうしたんだ!」と、泰介が叫ぶ。
ところが、その声も笑い声にかき消されるかのようにして、健太はどんどんと自分の周りの世界から離れていく感覚がした。

次第に、長屋の空間は変わり始めた。
壁には健太の姿が映し出された鏡があり、そこに写る健太は、まるで笑っているかのようだった。
彼の笑顔は、次第に変わり、恐ろしい表情へと変貌していく。
周りの友人たちが叫び声を上げ、助けようと彼に手を伸ばすが、健太の心は次第に遠くに離れ、ついにはその空間から消え去った。

友人たちは怯え、長屋から逃げ出そうとした。
しかし、ドアは固く閉ざされており、助けを求める声も虚しく響くばかりだった。
最後の最後に、健太は彼らに向かって微笑み、「もう、離れないんだ」と言ったように見えた。

その後、町の人々は長屋を訪れる者がいなくなることで、次第にそれを忘れていった。
しかし、健太の姿が消えた場所には、今もただ不気味な笑い声が響き続け、誰かを呼び寄せようとしているのかもしれない。
長屋の中には、離れることを許さない何かが潜んでいたのだ。

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