「隠れ停の悪影」

静まり返った田舎の停留所で、ひときわ異様な空気が漂っていた。
その停留所は、昔から「隠れ停」と呼ばれ、村人たちは近づくことを避けていた。
なぜなら、そこで起こった恐ろしい出来事が、今なお語り継がれていたからだ。

数年前、村の若者である達也は好奇心からこの停留所を訪れることにした。
彼は無邪気で、少々好戦的な性格をしていた。
それを知っていた友人たちは、彼がこの場所に行くことを止めることはできず、逆にその行動を笑ったものだ。
達也は「隠れ停」を訪れてみせると宣言し、一人でその夜に出かけた。

月明かりの下、停留所にたどり着いた達也は、周囲の静けさにすぐに気づいた。
鳥のさえずりも、風の音も、すべてが途絶えている。
彼はその不気味さを感じつつも、心の内側で沸き起こる冒険心が勝り、構わずベンチに座った。

しばらくすると、彼の背後でうっすらと音がした。
振り向いてみると、誰もいないはずの停留所に、影が立っていた。
闇に包まれたその形は、徐々に動き出した。
恐れをなした達也は叫び声を上げた。
しかしその声は、まるで周囲の静寂に呑み込まれてしまったかのように消えた。

影はそのまま達也の方へ近づいてきた。
彼はほとんど恐怖で動けず、目の前の存在が何であるのか確認することができなかった。
影が近づくにつれ、彼の心拍は早鐘のようになり、逃げ出したい衝動にかられたが、足がすくんで動けなかった。

「助けて、助けて…」その声は確実に達也の耳に届いた。
声は彼の中に潜む記憶を掘り起こし、幼少期に隠れて遊んでいた仲間たちの顔を思い出させた。
達也は二度目の恐怖を抱えた。
彼の体から冷や汗が流れ落ち、再度振り返ると、影はすぐ近くまで迫っていた。

その瞬間、達也は何かに覚醒したように思えた。
彼の胸の奥から、長い間忘れ去っていた感情が逆流してきたのだ。
小学時代の友人たちとの思い出、そして自分がその中で一番悪かった記憶。
彼の中で何かが「隠れて」いたのだ。
それは、彼にとって都合の良い思い出だけが美化されていたという現実を彼に突きつけた。

突然、影が彼に手を伸ばしてきた。
その手は冷たく、触れた瞬間、達也は記憶の中に隠れた自分自身を見つけた。
彼は友人をいじめ、見捨て、そしてその痛みを「隠して」いたのだ。
その影は、彼が過去に犯した悪行の象徴であり、今こそ彼にその代償を求めているのだと痛感した。

恐怖に駆られ、達也は逃げようとしたが、足が動かなかった。
彼はただ立ち尽くし、影が彼を責めるように「お前の悪を忘れるな」と囁いた。
その言葉が彼の心の中に響き渡った。

次の瞬間、彼は暗闇の中に吸い込まれるように感じた。
彼の周囲は真っ暗闇に覆われたが、頭の中には過去の記憶が次々と浮かんでは消えた。
仲間を裏切り、見捨てた瞬間も、彼がその代償を払うことから逃れていた瞬間も。
彼はその現実を再び認識させられ、全身に恐怖が駆け巡った。

朝日が昇り、村人たちがいつものように通り過ぎるその時、停留所は静まり返ったままだった。
しかし、そこには達也の姿はなく、彼の悪行の記憶と共に消え去ってしまった。
村人たちはその日、いつも通りに過ごし、「隠れ停」は再び静かなままであった。
だが、心の奥深くで達也が還らないその声は、今もどこかで響いている。

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