彼の名は明(あきら)。
若き研究者である明は、亡き祖母の遺品に残された古い日記に強く惹かれた。
その日記は、祖母が彼女の生涯で経験した不思議な出来事や隠れた真実を書き綴ったもので、特に“急”に関するエピソードが描かれていた。
祖母が若かりし頃、彼女の家の近くにある森で神秘的な現象が頻発していたこと。
その現象は、村人たちがそこに近づくことを恐れるほどのもので、何かが村や家族の運命を変えられると言われていた。
興味を惹かれた明は、その森を訪れることを決意した。
薄暗い朝早く、明は祖母の家から少し歩いたところにあるその森へ向かった。
霧が立ち込める中、木々の間をゆっくりと進んでいく。
彼は日記に記されていた「急」な音や現象に対する恐れを胸に抱きつつも、何か特別な体験ができるかもしれないと期待を膨らませていた。
森の奥へ進むにつれ、空気が重くなるのを感じた。
そして、思わず立ち止まった明は耳を澄ました。
しばらくすると、微かに「り」とも取れる音が聞こえてくる。
最初は風のような音に聞こえたが、次第にそれが何かの声のように感じられてきた。
不安が胸を圧迫し、心臓が高鳴る。
その瞬間、“隠”れていた何かが明の目の前に姿を現した。
朧げな影が一瞬、彼の視界を通り過ぎた。
明は息を呑む。
日記に書かれていた通りだ。
祖母もこの影を見たのだろうか。
その影は、ただ静かに彼を見つめているようだった。
彼はもう一歩踏み出す勇気を振り絞り、影を追いかけた。
影は急に森の奥へと逃げて行き、明もまたその後を追った。
すると、森の中心にある小さな祠にたどり着いた。
彼の心臓は鋭く鳴り響いていた。
その周囲には、彼が以前見たこともないような、不思議な模様の彫られた石が並んでいた。
何かが彼を引き寄せている感覚とともに、急に体が動かせなくなる。
明はここで何かを見つけなければならないと感じ、必死に周囲を探索し始めた。
すると、祠の中からまたもや声が聞こえた。
「り・・・」
その声は明の名を呼ぶように響く。
明は恐怖心を抱えながらも、どうしてもこの声の正体を知りたいと思った。
声の方へと近づくにつれて、彼はかすかな光を見つけた。
それはまるで、久しぶりに日が射すような感覚に包まれていた。
その光の中に浮かび上がったのは、祖母の姿だった。
まさか、こんな場所で会えるなんて。
彼は驚きと喜びで胸がいっぱいになった。
だが、すぐにそれは夢のような幻影であると気づく。
祖母の顔は厳しく、明をじっと見つめていた。
「隠してはいけない、り」の言葉が彼の頭の中に響く。
祖母の声は、彼の心に今までの出来事を思い起こさせた。
過去に彼が逃げていた真実のこと。
明はその意味を瞬時に理解する。
そして、逃げることは無駄だと悟った。
影がもはや彼から逃げることができず、明は身を明かした。
祖母の姿は徐々に消えていくが、同時にその声が繰り返し彼の耳に残る。
「隠さず、受け入れなさい。」
森を駆け抜けてきた彼は、祖母の言葉を心に留め、日記を再び手に取る決意をした。
この森での出来事は彼に何かを伝えた気がした。
それを理解するためには、過去を直視しなければならないのだと。
彼はその瞬間、彼の道が明らかになったのを感じた。
明は森を後にしながら、日記の真実を受け入れる覚悟を抱いていた。
背後で響く「り」という音は、彼に新たな道を示すための合図だったのだろう。
彼はもう一度振り返り、森からの贈り物を心に抱えて歩き出した。