ある夏の夕暮れ、田村直樹は友人たちと共に、町外れの廃墟に足を運んだ。
その廃墟は、かつて人々が集い賑わった場所だったが、今では誰も近づかなくなった。
人々が言うには、そこで不気味な現象が起きるという。
それは、「闇の様」と呼ばれるもので、何かしらの力によって人々の魂を引き込むという噂が広まり、訪れる者は一人としていなくなってしまったからだった。
直樹たちは興味本位でその場所を訪れたものの、最初はただの廃墟だと高をくくっていた。
しかし、廃墟の中に入るや否や、陰気な空気が漂い、次第に彼らの心に恐怖が募っていくのを感じた。
特に直樹は、その空気に圧倒され、心が乱されるのがわかった。
「大丈夫だ、ちょっとの探検だ!」友人の佐藤は明るく言ったが、その声の裏には明らかに不安が隠れていた。
廃墟の奥へ進むにつれ、突然、辺りの照明が不自然に暗くなり、彼らは立ち止まった。
直樹は、「すごくおかしい……」と思ったが、友人たちの目には興奮が宿っていた。
その時、廃墟の奥から微かな囁き声が聞こえた。
何か人の声とは思えない渇いた響きが耳に届く。
「来れば、私はあなたを迎えに行く……」直樹には、その声が自分の内側から響いているように感じた。
彼はたまらず後退りした。
周囲の光がさらに弱まり、まるで闇が彼らを包み込もうとしているかのようだった。
「怖がらないで! 行こう!」佐藤が声を張るが、直樹は再び後ろを振り返った。
そこに広がるのは、どこまでも続く暗闇。
仲間が喜びを発し、興奮しながら奥へ進む一方で、直樹はその場に立ち尽くしていた。
彼の心には、得体の知れない恐怖が押し寄せてきて、自分の中で何かが崩れかける感覚があった。
そして、廃墟の奥に足を踏み入れた瞬間、直樹はその闇の様を直視することとなった。
背筋が凍りつくような空気が流れ、目の前には人影が現れた。
それはまるで、先に進んでしまった友人たちの姿が歪んで映し出されたように見えた。
彼らの顔が笑っているのに、目は虚ろで、暗黒の世界に飲み込まれていくかのような様相を呈していた。
「直樹、こっちへおいで!」仲間の声が響くが、その声はどんどん離れ、薄れ、沈黙に包まれていった。
直樹は恐怖に駆られ、逃げたくなったが、足が地面に張り付いたように動けなかった。
彼の目には、暗闇から伸びてくる手のような影が映り、その影が心の中の不安を増幅させる。
「成せば成る、ということを忘れないで……」直樹の耳元に、ささやきが響いた。
その声は、彼の内面に潜んでいた恐れと、彼自身が向き合うべき運命を語りかけていた。
彼は思わず、一歩後ずさりした。
しかし、その一歩が彼の心に変化をもたらした。
直樹は思い切って、自らの恐れの根に向き合った。
自分が恐れていたものは、他ならぬ自分自身だった。
彼は「逃げない」と決意し、その場で立ち向かう姿勢をとった。
闇に包まれた空間の中、彼は友人たちのいる場所を目指し、全力で駆け出した。
その瞬間、闇の様が崩れ去り、光が彼を包み込んだ。
直樹の目の前には、本来の友人たちが立っていた。
彼らの笑顔が彼を迎え入れ、恐怖と安堵が交錯する複雑な感情が心を満たした。
彼はその瞬間、廃墟が彼に教えた意味を理解した。
そして、真の自分と向き合うことで、彼は新たな存在へと生まれ変わったのだった。