「闇の印」

夜の静寂に包まれた道、佐藤は仕事帰りに一人で帰途についていた。
彼の足音は、周囲の静けさの中で異様に響き、まるでこの道が何かを覚えているかのように感じられた。
道は、彼の家から続く細い一本道。
普段は明るく、賑やかな町並みを照らす街灯も、今日はどこか陰鬱で彼の心を重くした。

強い闇の中、佐藤は進むにつれ、不気味な感覚が胸の奥に宿ってきた。
ふと目に入った赤い印。
道の脇に描かれたような、古びた血で描かれたのかと思われるマークが、夕闇の中で不気味に彼を見つめていた。
それを見た瞬間、彼の心は急に重く、何かが彼の背後にいるような気配を感じた。
しかし、振り返っても誰もいない。
周囲にはただの静寂が広がっていた。

それでも、印の存在が消えない。
佐藤は足を速めてその道を進むことにした。
ところが、急ぎ足で進むたび、何かが彼に寄り添うように感じられ、振り返っても誰もいないことを再確認する。
次第に彼は疲れ、不安が心を揺さぶり始めた。

彼の脳裏に、道の噂が蘇った。
昔、この道で行方不明になった人々の話。
彼らは決して戻らず、ただ印だけが残されたという。
その印を見た者も、次第にその道から足を踏み出せなくなるのだという。
佐藤は恐怖心に駆られ、急ぎ足を重ねた。
だが、その頃から彼の心の奥に、何かの影が嗅ぎ取られたような感覚が迫っていた。

周りの空気が急に冷え込み、道の暗さが一層深まった。
佐藤は急に立ち止まり、道の先に目を凝らした。
そして、視界の隅に人影を見つけた。
薄暗い影は、彼の記憶に残る顔、彼の高校時代の友人、斉藤に似ていた。
しかし、彼の瞳は普段とは違い、深い闇を湛えたかのように光っている。

「佐藤…」その声は聞き覚えがある。
しかし、いつも元気な声とは明らかに異なり、何かがその声の背後に潜んでいるようだった。
佐藤は恐れを抱きながらも、その影に向かって近づいた。
「斉藤?どうしたんだ?」不安を抱きながらも、彼の言葉はそっと漏れた。

影は反応せず、ただ静かに立ち尽くしている。
背筋にぞくりとした恐怖が走り、彼は振り返ろうとした。
しかし、背後にはまた別の影が迫ってきた。
恐ろしさが彼を捉え、体が動かなくなった。

その瞬間、彼の目の前に立つ影が急に変形し、闇の中から無数の顔が浮かび上がってきた。
それは過去に行方不明になった奇怪な顔たち。
皆、一様に彼をじっと見つめ、囁く。
「ここから出られない…私たちと一緒に…」その言葉が彼の耳にこだまし、心に焼き付き、深い恐怖が広がった。

混乱と恐れで頭が真っ白になっていく中、佐藤は必死に何かを思い出そうとした。
印、闇、そしてあの道。
彼は直感的に、彼らと同じ道を歩まないためには、再び印を見つめ直す必要があると悟った。
左右にいる影を無視し、彼はその印に走り寄った。

全身を引き裂かれるような圧迫感を感じながらも、彼は印に手を伸ばした。
その瞬間、印は異様な光を放ち、彼の目の前に現れた影たちが一斉に後退した。
佐藤は全力でその印を踏んだ。
冷たい地面の感触が彼の足を包むと、奇怪な影たちの囁きが消え、道の明かりがかすかに差し込んできた。

この道を抜け出すのは簡単ではなかった。
辛うじて彼は目を閉じ、強く心に誓った。
この道は恐怖の象徴であり、決して再び足を踏み入れないと。
印は消え、道の闇は次第に薄れていき、佐藤は記憶からその道を消し去る決意を固めた。

彼は逃げるようにその場を離れ、振り返ることなく家へと向かった。
道の記憶は脳裏に残り、決して消え去ることはなかった。
しかし、彼は知っていた。
この道は一生忘れられない場所になったのだと。
恐れの印を抱えながら、心の中に灯る希望を胸に、彼は夜道を歩き続けた。

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