ある静かな夜、健太は散歩に出かけた。
彼は愛犬のハルと共に、近くの公園を通り抜けることにした。
月明かりに照らされた道を歩きながら、健太は日々のストレスを忘れ、リフレッシュしようと考えていた。
ハルも元気に走り回り、楽しそうだ。
しかし、その日はいつもと違っていた。
公園の奥、普段は人が寄り付かない場所から、微かに「助けて」という声が聞こえてくるのを健太は感じた。
彼は最初、気のせいだと思ったが、その声は次第に大きくはっきりとしたものになっていった。
「助けて、誰か…助けて…」
ハルは突然、その声に反応したかのように立ち止まり、耳をピンと立てて周囲を警戒している。
健太は不安になりながらも、好奇心に駆られて声のする方へ進むことにした。
ハルが声の方向を見ながら吠える。
「ワン!ワン!」
彼は声の元へ近づくにつれて、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。
声は冷たい風に乗って、どこか切実な響きを持っていた。
「あの声は一体…?」健太は思った。
そして、ついに目的の場所にたどり着くと、そこには朽ち果てた古い小屋が見えた。
ハルはその小屋の前で吠え続けていた。
健太は迷ったが、恐怖にもう一度その声を確認したい気持ちには勝てず、小屋の扉を開けて中に入った。
中は薄暗く、自分の呼吸音だけが響いている。
声は小屋の奥から聞こえていた。
健太は明かりを灯しながら、奥へ進むと、何かが動いているのを見つけた。
そこには小さな犬がいた。
目が合うと、その犬は必死に健太に「助けて」と言っているように見えた。
「君はどうしたんだ?」健太は犬に声をかけたが、犬は震えているだけだった。
その瞬間、健太は気づいた。
犬の姿はどこか異常で、体が薄く、不気味なオーラを放っていた。
健太は恐怖に駆られ、後ずさりした。
その時、再び声が響いた。
「助けて…私を…助けて…」それは小さな犬の声ではなく、どこか懐かしく、悲しげな響きが混ざっていた。
健太は気がついた。
この小屋で数年前、近所の家族が失踪し、その犬だけが残されたという噂を思い出した。
「君は…あの時の犬だったのか?」健太は震えながら尋ねた。
犬は一瞬目を大きく見開き、悲しそうに健太を見つめ返した。
彼は唇を噛みしめ、次の言葉を探そうとした。
しかし、何も出てこない。
「お願い…私を癒して…」その声は再び響いたが、今度は耳元ではなく、心の奥に直接響いてきた。
健太はその瞬間、自分が何をすればいいのかわからないことに苛立ちを感じた。
「どうすればいいの?」健太は声を上げた。
度重なる悲しみの中で、犬の声は徐々に消えかけていく。
ハルも不安の色を浮かべて吠え続けた。
その時、健太は思いついた。
この犬は未練を抱いているのだ。
健太は思い切ってその犬に寄り添い、そっと手を伸ばした。
犬はその手に鼻を寄せ、静かに目を閉じた。
その瞬間、悲しげな声が少しずつ静まっていき、暗闇が薄れていくのを感じた。
やがて、犬は静かに消えた。
その背後には、長い旅の果てに安らかに眠るような姿が見えた。
健太は自分が犬の痛みを少しでも和らげたことに安堵し、涙がこぼれた。
ハルは静かになり、心配そうに健太を見上げていた。
彼はそのまま小屋を出て、再び静かな夜道を歩き始めた。
あの声はもう聞こえないが、心の中に残った感覚は決して忘れられないものとなった。