彼女の名前は美咲。
結婚してまだ2年の新しい嫁だった。
彼女は夫の手伝いをしながら、少しずつ新しい家庭に慣れていく日々を送っていた。
しかし、美咲の心の中には常に不安が渦巻いていた。
彼女の夫、直樹は仕事が忙しく、帰りが遅くなることが多かった。
そのため、美咲は一人で過ごす時間が増え、孤独感に苛まれていた。
ある晩、直樹が帰ってくるまでの間、美咲はソファでゆっくりしていた。
外はすっかり暗くなっており、部屋には薄暗い明かりだけがともっていた。
そんな時、ふいに廊下の方から微かに「る」という声が聞こえたような気がした。
思わず振り返ると、そこには誰もいなかった。
彼女は気のせいだと思い、再びソファに座った。
しかし、その夜から、美咲の周りには奇妙な現象が続いた。
廊下を歩いていると、「る」という声がもう一度聞こえ、不気味な感覚に襲われる。
最初は小さな物音に過ぎなかったが、次第に家具が無意識に動いたり、何かが落ちたりすることが増えていった。
美咲は精神的に参ってしまい、直樹に相談することにした。
「最近、変な声が聞こえるの…」と美咲が打ち明けると、直樹は優しく微笑んで言った。
「きっと疲れているんだ。そんなこと誰も気にしていないよ。」彼の言葉に美咲は納得がいかなかったが、夫に頼るしかなかった。
それから数日後、直樹が帰宅すると、美咲はその晩に無理をして他の家事を終わらせ、ちゃんとした手料理を用意した。
しかし、食事中、美咲は急に不安に襲われ、口に運ぶ手が止まった。
彼女の視線は無意識に廊下に向き、そこから「る」という声が再び聞こえてきた。
恐怖で青ざめた彼女は、直樹にそのことを話したが、今度は彼もまた真剣に受け取らない様子だった。
「またその話か。もう大丈夫だろう?」と、直樹は冗談交じりに言った。
その時、美咲はふと、直樹の目に不穏な影を見た。
何か彼にも知られざる秘密があるように感じた。
美咲は心に不安を抱えつつ、真実を見極める決心を固めた。
夜が明け、次の日、美咲は一人でこの家の真相を探ることにした。
何が彼女を悩ませているのかを知るために、彼女は直樹の休みの日に家の中で調べ始めた。
そこで、古いアルバムを見つけた。
表紙には直樹の家族の写真があり、その中には見知らぬ女性がいた。
美咲はその女性が直樹の亡くなった叔母であることに気づいた。
その晩、美咲はもう一度「る」という声を聞いた。
今度は廊下ではなく、彼女の背後からきた。
「美咲、助けて」という声だった。
振り返ると、そこにはその女性の影が薄らと浮かび上がっていた。
恐怖で身動きが取れず、ただ彼女を見つめていた。
声はさらに続いた。
「私を、解放してほしい…」
その瞬間、美咲は無意識に自分の手が動いていることに気づいた。
手は、アルバムを持ったまま、意志とは関係なく、影に向かって伸びていった。
彼女は驚きと恐怖の中で、影が求めている解放を理解した。
「あなたが直樹に伝えたいこと…私には分かるから。」美咲は自分の意志で彼女を手助けすることを決めた。
その後、美咲は直樹に事故について真実を告げた。
彼女の助けを通じて、直樹は叔母のことを忘れないようになり、彼女の意思を尊重するようになった。
その瞬間、美咲の心にも穏やかさが戻り、家には再び静けさが訪れた。
時が経ち、美咲は恐怖を克服し、直樹との絆を深めることができた。
そして、あの声が美咲に捧げられた願いであったことを知りつつ、彼女は前を向き続けるのだった。