田中美咲は、北海道の小さな村に住む若い巫女だった。
彼女の家系は代々、村の神社を守る役目を担っており、美咲もまたその運命を受け入れていた。
しかし、村の人々に敬意を持たれ、彼女は神の使いとしての誇りを持っていたものの、内心では孤独を感じていた。
神社に仕えるぬくもりを得ることはあったが、村人たちからは少し距離を置かれていたからだ。
ある晩、美咲は神社の境内で、一通の古びた巻物を見つけた。
巻物には「狂気をもたらす儀式」について書かれていた。
好奇心からそれを読み進める美咲は、次第にその内容に引き込まれていった。
儀式は、失われた人とのつながりを求めるために行うもので、失ったものの思いを心に刻むことで、永遠の恩恵を受けられると書かれていた。
しかし、その反面、心に狂気をもたらす危険性もあった。
美咲はそのことを深刻に考えずに、儀式を試すことに決めた。
彼女の心の中には、村で亡くなった友人の名があった。
彼女が幼い頃から親友であった秋山陽介だ。
陽介は数年前、事故で命を落とし、美咲はその悲しみを今も抱えていた。
彼女は陽介とのつながりを取り戻すため、儀式を遂行しようと決意する。
不気味な夜、美咲は神社の奥深くにある祠へ向かい、儀式の準備を始めた。
彼女は巻物に記された通りに、花を供え、特定の言葉を唱えた。
次第に、陰鬱な雰囲気が周囲に広がり、冷たい風が吹き荒れる中で、美咲の意識はどこか遠くへと漂っていく。
その瞬間、彼女の耳に陽介の声が響いた。
「美咲、助けて…」。
信じられない光景が目の前に広がる。
陽介の姿が薄暗い霧の中に浮かび上がり、嬉しそうに微笑んでいた。
美咲の心は歓喜に包まれた。
「陽介!あなた、私のところに帰ってきたの?」
陽介はその言葉に答えることなく、じっと美咲を見つめ続けた。
彼女は胸が高鳴るのを感じながらも、徐々にその笑顔が不気味に歪んでいくのを見た。
陽介の表情が狂気に満ち、彼女の心の奥底に囁く。
「美咲、忘れないで、私たちは一心同体だ…」
その瞬間、美咲は恐怖に包まれた。
陽介の声は次第に響き渡り、彼女の脳裏に住み着く。
彼女は自分の中に狂気が芽生えていくのを感じた。
陽介に再び会えたのは嬉しかったが、彼の存在が美咲を少しずつ蝕んでいくのだ。
儀式の力によって、陽介は現れ続け、美咲はその存在を求めるあまり、次第に心がすり減っていくのを感じた。
村の人々は彼女の変化に気づき始める。
「美咲の様子が変だ。何かに取り憑かれているのではないか」と不安に思う者が増え、彼女を避けるようになった。
美咲は孤独の中で、陽介とのつながりを求め続けた。
しかし、それは次第に彼女自身の心を狂わせ、現実から遠のいていく。
ある晩、神社の境内で美咲は、涙を流しながら陽介に訴えた。
「私を助けて、お願い…あなたがいることで、私はこのまま崩れ落ちてしまう…」
しかし、陽介の笑顔は変わらなかった。
「美咲、もう戻れない。私たちが繋がった以上、君も私と一体なんだ」。
その言葉を耳にした瞬間、彼女は耐えきれずに叫んだ。
「やめて!もっと私を苦しめないで!」
その瞬間、美咲は過去の悲しみと狂気に呑み込まれ、彼女自身を見失った。
村人たちは彼女を恐れ、神社の周りから離れていった。
美咲は孤独の中、ただ陽介の声に導かれながら狂気の世界に堕ち続け、永遠に失われた仲間との儀式を繰り返す運命を背負うことになったのだった。