抱(いだき)という男は、友人たちと共に山へハイキングに出かけた。
彼は自然が好きで、特に夜の森の静けさが好ましかった。
しかし、その日、彼らが見つけたのは夕暮れ時の祠(ほこら)だった。
古びた石造りの祠は、薄暗い森の中にひっそりと佇んでおり、周りには苔が生い茂っていた。
「なんだ、こんなところに祠があるなんて。ちょっと覗いてみないか?」と、友人の健太が提案した。
「いいね、少しだけ。明るいうちに帰らなきゃならないから」と抱は答えた。
興味を引かれた彼らは、足元を気にしながら祠の方へ近づいた。
祠の中は薄暗く、神様が祀られている雰囲気はまるで感じられなかった。
小さな祭壇にはぼろぼろになったお守りや、色あせた花が供えられている。
まるで何年も誰も訪れなかったかのようであった。
しかし、抱はその祠の奥からひどく冷たい風を感じ、その瞬間、何かが彼に囁いた気がした。
「ここは危険だ。早く帰れ…」
抱は不安になり、友人たちに「もう行こう」と言ったが、健太はまだ中を見たいとぐずった。
彼はただの好奇心だろうと自分に言い聞かせつつも、そこに居続けた。
すると、ふと、裏手に何かが動くのを彼は見た。
「何かいるのか?」抱は思わず声を上げた。
友人たちは笑いながらも、彼の不安を無視した。
しかし、抱はその動きが影のようなものであることに気付いていた。
暗くなり、すっかり日が暮れると、不気味な雰囲気がその場を包み込み、辺りには深い闇が迫ってきた。
「もう帰ろう」と抱は焦り始めたが、健太はまだ祠の奥に入り込もうとしていた。
「おい、健太、やめろ!」抱は声をあげた。
すると、健太は無言で彼を振り返り、口をゆっくりと動かし始めた。
まるで彼の口から何かが出てこようとしているように感じた。
その瞬間、抱は恐怖に駆られた。
「帰りたい!」と叫ぶ彼に、友人たちが振り返ると、彼らの顔は無表情で凍りついていた。
背筋が凍りつく思いを抱えながらも、彼は逃げ出すことにした。
しかし、振り返ると健太がゆっくりと歩み寄ってきている。
彼は、二人の友人たちもそちらに加わり、細い笑みを浮かべて近づいてくる。
まるで彼の意思を無視して、その場に留まるように。
当然、抱は早く逃げ出そうともがいた。
しかし、足元に何かが絡みついた感覚に襲われ、彼はつまずいてしまった。
その時、周囲がどんどん暗くなり、まるで闇が彼を包み込むようだった。
「帰れ…帰れ…」という声が、一心不乱に耳元で響く。
彼は立ち上がろうとしたが、視界が次第にぼやけていく。
そのまま意識が遠のくと、目の前に祠の中が現れた。
祭壇の周りには自分の友人たちが円になって座り、その中心には何かが揺れている。
まるで彼らを引き込むように勢いを持って、それが校正された世界と区別のない現実になった。
「お前も仲間になりたいか?」その声が無数の囁きとなって彼に迫ってくる。
抱は恐怖に駆られ、即座に「助けて…助けて!」と叫んでも、彼の声は闇の中へと消えていった。
そう、言葉はもはや彼のものではなくなり、周囲の力に飲み込まれていった。
そして、次第に仲間たちの目が彼の目に映る。
不気味で虚無のような冷たい視線。
それでも抱はもがき続け、「帰りたい」と思ったが、彼は既にその界から出ることはできなかった。