「闇との対話」

道の真ん中に、ひときわ不気味な闇が立ち尽くしていた。
そこは山道の一本道で、周囲にはただ木々のざわめきと、冷たい風の音しか聞こえない。
夜の帳が降りる頃、その道を通ることになった佐藤は、胸の奥がひどく緊張するのを感じた。
何かが彼を待っているような、そんな予感がしていた。

佐藤は小さな町から帰る途中だった。
彼の手には、たった一つの懐中電灯があり、その光は薄暗い道をわずかに照らすだけ。
心の奥では、夜道が持つ恐怖に抗いたいという想いが渦巻く。
しかし、どうしようもなく背筋が凍りつくような気配が、彼を抑え込んでいた。

「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせながら、佐藤は歩き続ける。
だが、先ほどから振り返るたびに感じる「何か」が、どうしても気になっていた。
それはまるで暗闇の中から、自分の行動を見つめているような視線だった。

佐藤が道を進むにつれて、突然、耳元で低い声が聞こえてきた。
「闇に抗うことはできない」と。
それは囁きのようでありながら、威圧感を纏っていた。
思わず振り返ると、ただの闇しか見えない。
しかし、その背後には何かが潜んでいるような感覚に、彼は強い不安を覚えた。

その瞬間、懐中電灯の光が不意に消えた。
周囲は一瞬の恐怖に包まれ、佐藤は心臓が激しく脈を打つのを感じた。
慌てて電池を確認しようとしたとき、再び耳元で言葉が響いた。
「逃げることはできない」と。
「どうして、私を離れないのか?」彼は声を荒げた。

不気味な鼓動が近づいてくる。
まるで闇そのものが一歩一歩近寄ってくるように感じられた。
佐藤は足を進めるが、その道はいつまで経っても終わらなかった。
無限の夜道のように思え、彼はますます焦燥感が募る。
心のどこかで「抗うことが無駄だ」と思い始めていた。

「闇は誰もが抱えるものだ。お前もその一部だ」と低い声が迫ってきた。
振り返るが、周囲に誰もいない。
彼はただの闇と向き合っているのか、あるいは見えぬ者と戦っているのか分からなかった。

「俺は抗う!」佐藤は心の弱さに逆らうように叫んだ。
闇はうごめき、さらなる音を立てる。
情熱の代わりに恐れが押し寄せる中、彼はとにかく走り出した。
しかし、何を追いかけているのか分からないまま、ただ速さを求めて足を動かした。

すると、道の端にかすかな光が見えた。
希望の光だと思い、全力でその先へと向かう。
だが、その瞬間、再び背後から声が聞こえた。
「お前は逃げられない。闇はお前の内側にある」と。

その言葉は佐藤の心の深いところに響き、足は止まった。
自らの内面と向き合うことが、自分を束縛する闇を受け入れることになるのか。
だが、どうしたらその闇と折り合いをつけられるのだろう。
彼は心の中で葛藤し、その場に立ち尽くしてしまった。

次第に闇は近づき、まるで彼を飲み込もうとしているようだった。
そのとき、佐藤は一つの思いに悩まされながらも気づく。
「抗うことをやめれば、逆に楽になれるのかもしれない」そう思った瞬間、胸の奥にあった恐怖が少しずつ和らいでいくように感じた。

闇は彼の目の前で形を変え、そして彼を包み込むように広がった。
その中に身を委ねた時、佐藤は静かに目を閉じた。
そうすることで、彼は自らの闇と対話を始めることができたのだろう。
そして、その瞬間、闇が彼に与えたものは、恐れに抗う力ではなく、受け入れる勇気へと変わっていた。

やがて彼が再び目を開くと、道の端に早朝の光が差し込んでいた。
恐れていた闇は遠く振り返ることなく、彼の背後に消えていった。
闇がともにあったとしても、彼は新たな道へと踏み出す準備ができていた。

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