ある古びた一軒家に住む、田中という名の青年がいた。
彼は都会の喧騒から離れ、静かな田舎で自分の時間を楽しむことにした。
家は薄暗く、日が落ちると独特の静寂が訪れた。
そんな中、彼が一つの戸に目を留めた。
それは普段は閉ざされている、奥の部屋への扉だった。
ある晩、田中は不思議な夢を見た。
その夢では、彼はその戸の前に立ち、戸を開こうとしていた。
そしてその度に、背後から冷たい視線を感じていた。
目を覚ますと、夢の中の視線の正体が気になり、どうしてもその戸を開けたくなった。
翌日、好奇心が抑えきれず、田中はついにその扉に手をかけた。
重い木の扉はぎしぎしと音を立てて開き、長い間閉ざされていたせいかほこりが積もっていた。
その先には薄暗い部屋が広がっており、古い家具が散乱している。
そして、部屋の隅にひっそりと置かれた一枚の真っ赤な布に目が留まった。
何かに導かれるように、田中はその布に近づいた。
すると、布の下には小さな箱があった。
箱は施錠されており、開けることができなかった。
だが、無性にその中身が気になり、彼はしばらくじっと箱を見つめていた。
その夜、田中は再び夢を見た。
今度はその箱が開いており、内部には鮮血の滴る何かが見えた。
しかし、何かに取り憑かれたように、彼はその光景から目を逸らすことができなかった。
「取戻せ」という声が耳元で囁かれていた。
それは彼の心を不気味に掻き乱し、不思議な恐怖心を抱かせた。
次の日の夕暮れ、田中はもう一度その戸の前に立った。
心の中で感じていた不安を振り払うように、再び戸を開けた。
しかし今度は、冷たい風が彼を迎え入れるかのように吹き抜けた。
その瞬間、田中は自分の背後に立つ影を感じた。
振り返ると、誰もいない。
徐々に彼の心の中に、孤独感が広がっていった。
田中は、部屋の奥に見え隠れする形のない存在に怯えながらも、その戸に引き寄せられるように感じた。
反響する音もなく、不気味な沈黙が続く中、田中はついに部屋に足を踏み入れた。
部屋の中は蒼白く、血の臭いが充満していた。
田中は恐る恐る、真っ赤な布の下にあった箱を再度見つめた。
そして、その箱を開けることに決めた。
施錠されていた鍵は不思議と壊れ、スムーズに開いてしまった。
中には何かが詰められていた。
それは、無数の小さな血の滴る手首だった。
田中は恐怖に全身が震えた。
彼は本能的に後退り、急いでその部屋を出ようとしたが、すでに戸は閉じられていた。
「出ていけ、出ていけ…」暗闇の中から声が響く。
それは無抵抗の時を刻むように、彼の心を抉った。
果たして、その声は事実なのか、少しずつ彼の意識が蝕まれていく感覚があった。
瞬間的に、田中は一つの恐怖を悟った。
彼が開けた戸の向こうには、もう戻れない隔絶の「間」があった。
彼の中の孤独感が膨れ上がり、彼はその場に立ち尽くしてしまった。
自分が生きる世界と、その戸の向こうにある恐怖の狭間で、精神が崩壊するのを感じた。
その後、家から田中の姿は消えた。
田舎の人々は彼の行方を知らず、ただの噂として忘れ去った。
だが、夜になると、封印された戸の前で、田中の声がこだますることがある。
「助けてくれ…」と。
その声は、今もずっと続いている。