ある町の一角に、古びた屋敷があった。
その屋敷の持ち主である佐藤さんは、長い間一人で住んでいた。
彼女は無口で、周囲の人たちからは「謎の人物」として恐れられていた。
室内は薄暗く、重たい空気が漂っており、訪れる者はほとんどいなかった。
ある晩、遠くの友人たちと遊びに出かけた加藤は、ふと屋敷に目を留めた。
「佐藤さんのことも気になる」と思った彼は、思い切って屋敷の中を見てみることにした。
周囲の人々からは「行くのはやめた方がいい」と警告されていたが、好奇心が勝り、彼は静かに中へと足を踏み入れた。
屋敷の中は、時が止まったかのように静かだった。
埃まみれの家具や、色あせた壁紙が目に入る。
彼はとりあえずノックもせずに奥へと進んでいくと、リビングルームの隅に立っている古い鏡を見つけた。
その鏡は、周囲の暗がりとは対照的に、何か光を放っているようだった。
「不思議な鏡だな」と、彼は近づいてみた。
鏡の中には、自分の姿が映っていたが、その瞬間、何かが彼の目を引いた。
鏡の奥に、不明瞭な影がちらりと見えたのだ。
驚きつつも、彼はその影に引き寄せられるように、さらに近づいた。
「これは…」彼は、何かを感じ始めた。
影は彼の姿を模したような形をしており、確かに彼の動きを真似ているようにも見えた。
しかし、その影はどこか不気味で、目をじっと見つめてこそいないが、無言の圧力をかけていた。
加藤は心の中で不安が募る。
何かが彼を警告している。
逃げようと思ったが、動けない。
無言の影はまるで彼を封じ込めているかのようだった。
そして、影の目が徐々に彼の真似をやめ、空虚な視線が彼を見つめ返していた。
「お前は、誰だ？」加藤はついに声を上げてしまった。
その瞬間、影は微笑んだ。
しかし、その表情は決して穏やかなものではなく、彼に対する嘲笑のようだった。
加藤の心臓が高鳴った。
どうしてもここから出なければならない。
彼は後ずさりしようとしたが、影の視線は離れない。
背後にある廊下からは、かすかに冷たい風が吹き抜け、増していく恐怖感が彼の身体を包み込む。
とにかく逃げなければと、加藤は思い立ち、部屋の外へと駆け出した。
外に出たものの、彼は周囲の音が消えていることに気づいた。
屋敷からの視線が背中を押すかのように感じた。
家族や友人の顔が頭に浮かび、彼はすぐに戻る決心をした。
そのまま屋敷に戻ると、自分がさっき見た鏡の前に立った。
再度、影を見つめる勇気を持って、彼は鏡をじっと見つめた。
すると影は彼を包み込むような感覚を与え、次第に切迫感が募ってくる。
彼は恐怖に震えながらも、影の動きに気をつけ、自分の存在を強く意識した。
「絶対にお前に負けない！」と加藤は自分自身に言い聞かせた。
すると、影は何かを訴えるように、自分の胸に手を当ててゆっくり擬似的に切られた。
その瞬間、彼は真っ白な失神のように意識を失った。
やがて目を覚ました時、彼は屋敷の外に倒れていた。
全てが元に戻っているように感じたが、心の中には不安が深く根付いていた。
不謹慎な好奇心が彼をこの恐ろしい場所に導いたのか、これからずっと影とともに生活しなければならないのか、と悩む日々が続いた。
それから数日後、加藤は屋敷の前を通りかかることも無く、不安な気持ちを抱えたまま普通の生活に戻ることにした。
しかし、ある晩、ふとした瞬間に鏡の奥に潜む影と目が合った。
その隙間には、のっぺらぼうのような顔が浮き上がっていた。
彼女の話では、その影はこの町で時折、姿を見せるのだという。
加藤はその時初めて理解した。
自分の心の奥深くにある恐怖が、どれほどの影響を及ぼすのか。
そして、それがどこまでも続いていくという現実を知ることになった。
