晩秋のある夜、若い男性の翔太は、友人たちに誘われ、ひときわ古びた館を訪れることになった。
この館は、地元では「闇の館」として恐れられ、かつての住人が自ら命を絶ったという噂が絶えない場所であった。
友人たちの中には、怖い話を好む者や、興味本位で訪れる者が混ざっており、翔太もまたその一人であった。
館の重い扉を開けると、薄暗い廊下が広がり、腐った木の香りとともに冷たい空気が流れてきた。
友人たちは不安げに話し合いながらも、興奮して館の中を探索し始めた。
翔太は、なにか不気味な引力に惹かれ、一人で廊下を歩き続けた。
廊下の奥に、ひとつの部屋があった。
ドアはわずかに開いており、内部から微かなささやき声が聞こえてきた。
翔太は好奇心からその部屋に足を踏み入れた。
室内は薄暗く、ひときわ古びた調度品が整然と並び、中央には大きな鏡が掛けられていた。
鏡を見つめると、次第に映る自分の姿が曖昧になり、周囲の景色がゆらめく。
翔太はその異様な現象に驚き、視線を逸らそうとしたが、鏡の中に別の何かが映るのを感じた。
そこには、自身とはまったく異なる表情を持つ自分の姿が映っていた。
目が虚ろで、微笑みを浮かべているのだ。
「翔太…」その声は、自分の名前を囁いていた。
翔太は恐怖に駆られ、思わず鏡から目を背けた。
その瞬間、彼は身体が動かなくなり、背後に冷たい気配を感じた。
「逃げないで、翔太」と、声が再び響いた。
翔太は恐怖と驚きに体が硬直し、前に進むことも後ろに下がることもできなかった。
その声はどこか懐かしさを帯び、彼の心の奥にある「醒」の感覚を刺激していた。
「私はあなたの中に潜んでいる。お前の心の奥にある闇を見せてあげるよ。」その言葉が終わると、彼の視界が暗くなり、意識が遠ざかっていく。
次に目を開けた時、翔太は異次元のような空間にいた。
周囲は真っ黒な闇に包まれ、何も見えなかった。
彼は不安と恐怖に包まれながら、どこかで「自分が生きている」という感覚を求めた。
自分がこの空間に引き込まれた理由を思い返すと、彼はその中心に立っていた「自分自身」と向き合わなければならなかった。
「何が…私をここに呼んだの？」翔太は虚ろな声で問い続けた。
返答は無かったが、目の前には一つの影が現れ、彼の心の奥にある過去の痛みを映し出した。
翔太は思い出した。
自分がかつて抱えていた後悔、友人を傷つけたこと、未練ばかりの人間関係。
それらが一つの「牲」として、自身の中に今も宿っていることに気づく。
翔太は恐れずにその影に近づいた。
思い出の情景が次々と流れ込み、彼の目を満たす。
「もう逃げたくない。向き合う覚悟がある。」自分自身を受け入れることで、彼は新たな力を見出した。
暗闇の中に光が差し込み、自身の過去が許される瞬間が訪れた。
その時、先ほどのささやき声が再び響いた。
「おめでとう、翔太。真実と向き合ったあなたには、もう逃げる必要はない。」
闇が薄れていくとともに、翔太は自身の姿を鏡で見つめ直した。
かつての虚ろな目は消え、確かな自分の意志が映し出された。
彼は逃げず、堂々とした姿勢で立っていた。
館の現実に戻ると、周囲は静まり返り、友人たちが心配そうに顔を覗かせていた。
翔太は彼らの目を見つめ、微笑んだ。
もう彼の中にある闇は彼を支配しない。
彼は今、明るい未来に向かって歩き出す準備が整っていた。
