「鏡の向こうの悲劇」

ある夜、東京の繁華街から少し離れた静かな住宅街の中に、長い間放置された空き家があった。
その家は、誰も住んでおらず、近隣の人々からは恐れられ、「孤独の家」と呼ばれていた。
誰も近づこうとせず、庭は雑草に覆われ、窓は黒ずんだカーテンで閉ざされていた。

ある日、友人に誘われて「孤独の家」を訪れることになった佐藤直樹は、好奇心からその家の様子を見てみたいと思った。
夜遅く、薄暗い街灯の下、直樹は恐る恐るその家の前に立った。
気持ちを奮い立たせ、彼は古びた門を押し開け、中へと足を踏み入れた。
家の中は静まりかえり、ただ薄暗い空気が漂っていた。

彼がリビングに入ると、埃をかぶった家具やカーテンが目に入る。
何かが彼を引き寄せるかのように、その奥の部屋へ進んでいった。
扉を開けると、そこはかつての台所だった。
奥には、誰かが使っていたような皿やスプーンが無造作に置き去りにされている。
その瞬間、直樹は背中に冷たいものを感じた。
視線を感じるような気がしたからだ。

だが、何もいなかった。
彼は気を取り直し、周りを探ることにした。
すると、裏の庭に続く扉が微かに開いていた。
日が沈んで暗くなりつつある中、直樹はその庭へと足を進めた。
そこは幽霊のような静けさに包まれていた。
庭の奥に、小さな物置があった。
何か面白いものがあるかもしれないと期待しつつ、彼は扉を開けた。

物置の中は、古い道具や家具が納められていたが、目を引いたのは壁に掛けられた古びた鏡だった。
直樹は鏡に近づき、自分を映した。
だが、映った自分の後ろに、何かが映っているように見えた。
彼は恐る恐る振り返るが、そこには誰もいない。
再び鏡を見ると、今度は自分に混ざって薄い人影が映っていた。
直樹は恐怖に駆られ、鏡を触ってみると、その瞬間、冷たい風が彼を包み込んだ。

背後でかすかな声が聞こえた。
「ここにいないで…」それはかすれた女性の声だった。
直樹は思わず逃げ出そうとしたが、足が動かない。
身体がまるで固まってしまったかのように感じた。
目の前の鏡に、今度は笑顔を浮かべた女性の顔が現れた。
「私を助けて…」その声が再び響くと、直樹は心臓が高鳴るのを感じた。

彼はどうにかして意識を保とうとしたが、女性の表情は次第に黒い影へと変わっていった。
彼女の悲しみを感じながら、直樹は叫び声を上げた。
「誰か、助けて!」すると、家全体が震えるような感覚に襲われ、彼はその場から自由になった。

逃げるように庭を駆け出し、家の外に出た直樹は、振り返った。
門の向こうで、物置の窓から女性が彼を見つめていた。
彼の心を少しずつ蝕むような微笑みを浮かべていた。
冷たい風が彼を押し、直樹は家の外に出たが、その場を離れることはできなかった。

その後、彼がその家を再び訪れることはなかった。
時間が経つにつれ、「孤独の家」の伝説は広がり、誰もが恐れて近寄らなくなった。
人々の間で、あの女性が何を求めているのか、直樹に何が起きたのかは語り継がれた。
「孤独の家」には今も誰かが残されているような気配が漂っていた。
人の触れない場所で、彼女の声は静かに消えないままであった。

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