「鏡の向こうの影」

昔、古い地元の空き家の近くに住んでいた女性、さくらがいた。
その空き家は、ずっと誰も住んでいない状態で、外観は荒れ果てており、近づくのもためらわれる場所だった。
しかし、さくらは不思議とその空き家に惹かれ、時折、近くを通るたびに中を覗いてみたくなる衝動に駆られた。

ある晩、さくらは友人たちと肝試しに行くことに決めた。
彼女たちはその空き家に訪れ、懐中電灯を持ちながら、恐怖と興奮のあまり声をあげては笑い合っていた。
しかし、さくらだけはどこか心霊的なものを感じていた。
その空き家には何か異様な気配が漂っている気がして、居心地が悪かった。

友人たちが広いリビングで遊んでいる間、さくらは1人で2階に上がってみることにした。
階段を上がるにつれ、空気が重くなるような感覚がした。
部屋のドアを開けると、薄暗い空間が広がっていた。
その部屋には、古い鏡が置かれており、埃が積もっていた。
さくらは、鏡を掃除してみることにした。
鏡の表面を手で拭うと、不思議な光景が映し出された。

その瞬間、さくらの後ろに立つ自分自身の影ではなく、別の女性の影が映り込んだ。
その影は、彼女の動きに合わせて動き、さくらに何かを訴えかけてきた。
彼女は驚き、振り返ったが、そこには誰もいなかった。
再び鏡に目をやると、今度はその影が少しずつ近づいてきて、さくらの顔をじっと見つめていた。
さくらは恐怖で凍りつき、動けなくなった。

影の女性は、さくらの心の声を聞いているかのように、彼女への訴えを繰り返した。
「私を助けて、ここから逃げたい…」。
その言葉は、さくらの心に深く響いてきた。
さくらは、ただの影だと自分に言い聞かせようとしたが、その声はどんどん強くなっていった。
「なぜ、私を見ているの…」。
その言葉が繰り返される度に、さくらの心は苦しくなった。

恐怖心を抱えながらも、さくらは何かを感じ取ろうと意識を集中させた。
すると、影は彼女に手を差し伸べ、何かを伝えようとしているかのようだった。
さくらは不思議と、その影に向かって少しずつ近づいていった。
影は、彼女の手と触れ合い、その瞬間、さくらの意識は一気に別の場所へ飛ばされた。

彼女は古い家の中にいるはずだったが、見知らぬ場所に立っていた。
その空間は、どこか懐かしく、見たことのない景色が広がっていた。
さくらはその場所で、影の女性と共に立ち、彼女が過去に体験した悲しい出来事を目の当たりにした。
彼女はかつてこの地に住んでいたが、何らかの理由で心に残された未練が、今もなお影のように縛っていたのだ。

心を通わせたさくらは、影の女性に向かって言った。
「あなたの思いを受け入れ、心の中で解放してあげる」。
その瞬間、周囲が眩しい光に包まれ、ゆっくりと影の女性が消えていった。
さくらはひとしきり感情が溢れ出し、涙を流した。

気がつくと、彼女は再び鏡の前に立っていた。
今度は影の女性がいない。
空き家にも静けさが漂っていた。
心の中に秘めていたものが解放されたのだと理解したさくらは、空き家を後にした。

その後、さくらは以前にも増して空き家の近くに足を運ぶことはなくなったが、心の中に影の女性の思いを抱え続けていた。
そして時折、彼女の気配を感じることがあったが、それは決して恐ろしいものではなく、互いに理解し合った存在として、さくらの中で生き続けていたのだった。

タイトルとURLをコピーしました