「鏡の向こうの囁き」

静かな村の片隅に、田中という青年が住んでいた。
彼は元々都会での生活を楽しんでいたが、祖父が亡くなった後、実家の整理を手伝うために田舎に帰ることを決めた。
村の一角にある古びた家は、祖父が長年住んでいた場所であり、その周囲には人々の記憶が詰まった木々や畑が広がっていた。

田中は、祖父が持っていた古い日記を見つけた。
そこには「端を見てはいけない」という不気味な言葉が何度も繰り返し書かれていた。
田中は日記の内容が気になりつつも、特に気にせずに整理を続けていた。

ある晩、田中は部屋の隅に置かれた古い鏡を見つける。
鏡は埃まみれで、あまりの古さに思わず目を背けたが、気になった彼はじっとその表面を見つめた。
すると、鏡の奥にあたかも別の世界が映し出されたかのように感じた。
そこには、薄暗い田舎道と、何かがうごめく影が映り込んでいた。
心惹かれるように田中はその影を見つめ続け、時間を忘れてしまった。

翌日、村の人々にその鏡の話をすると、彼らは恐れをなして田中に近づかなかった。
特に「端を見てはいけない」という言葉の意味を知る者が多く、彼に忠告した。
「その鏡には、見てはいけないものが映り込む。端を見てしまったら、戻れなくなるかもしれない。」だが田中は興味をそそられ、警告を無視して鏡のことを調べることにした。

数日後、田中は再び鏡の前に立つ。
今度は真剣にその映像を見つめ、大胆にも手を伸ばした。
すると、映像の端に、ぼんやりとした人影が現れた。
それは、この世に存在するものではないようで、顔ははっきりと見えず、ただ不気味な笑みを浮かべているように見えた。
田中の胸には恐怖が広がったが、同時にその影に惹かれる自分もいた。

そこで彼は、「端に何があるのか」を知りたいと思った。
彼が気付かないうちに、静かに彼の後ろから冷たい風が吹き、何かが彼を引き寄せようとしていた。
田中はその力に抗おうとするが、徐々に意識が薄れていく。
今までの彼の好奇心や恐怖心は、彼の中で二つに分かれていった。

その日は、月明かりが村を照らし、風が静かに吹き抜けた。
田中の姿は、鏡の前で立ち尽くしていた。
だが、彼はもう戻れない。
彼の意識は、鏡の中の影への興味と恐怖に翻弄され、彼を知らず知らずに別の世界へと導いてしまっていた。

村の人々は、田中が帰って来ないことを心配するが、何が起こったのか知る由もなかった。
鏡はその後も古びた家の中にあり、風に揺れる木々の間から彼らの囁きが聞こえる。
それはまるで田中の声が、そこにあるかのように響き渡っていた。
彼の運命を変えた鏡は、そのまま朽ちていく運命にあったが、一方で新たな物語を静かに秘めていた。

時折、村の人々は不気味な声を耳にする。
「端を見てはいけない」と囁く声は、古い鏡の中から永遠に続いているのだろう。
田中の姿は今、あの影とともに、鏡の中から人々のことを見つめ続けていた。

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