修は、友人たちとともに大学の休暇を利用して山奥の古びた宿に泊まることになった。
その宿は、長い間営業を続けていて、近隣の村には人の気配がほとんどなかった。
友人の一人が「この宿は、昔、宿泊客が次々と失踪したって噂があるらしい」と興奮気味に話すが、修は気にも留めなかった。
夜が更けると、宿の中は静まり返り、さらに外からは不気味な風の音が聞こえてきた。
修たちはそれを気にすることなく、飲みながら雑談を続けていた。
しかし、ふとした瞬間、修は廊下の奥にかすかに鈴の音が聞こえた気がした。
何かが開く音のようだった。
「今、何か聞こえなかった?」修は友人たちに尋ねるが、誰も気に留めてはくれなかった。
修は気になる気持ちを抱えながら、その音の正体を確かめてみることにした。
廊下を少し進み、宿の奥へと向かう。
すると、目の前に扉が一つあった。
まるで彼を呼んでいるかのように、微かに開いている。
その扉の奥からは、かすかな光が漏れ出しており、修はドキドキしながらも扉を開いた。
そこには、漆黒の闇が広がり、どこか悪いものの気配を感じさせる部屋が待っていた。
中には不気味な木製の家具が置かれ、真ん中には大きな鏡があった。
その鏡は、修の姿は映し出さないが、何かが背後に潜んでいるような冷たい気配を放っていた。
好奇心が勝った修は、無意識に近づき、鏡に手を触れた。
その瞬間、鏡の表面が波打ち、何かが開くような音が響いた。
周囲の空気が一瞬にして重くなり、心臓が高鳴る。
修は、自分の背後に何かがいるような気配を感じ、そのまま立ち尽くしてしまった。
「また、来たのか…」
囁く声が響く。
その声は、どこからともなく聞こえてくるもので、修の心に恐怖が侵入してきた。
彼は振り返ったが、そこには誰もいない。
再び鏡に目をやると、今度は自分の姿が映っていないことに気付く。
緊張感が走り、冷や汗が背中を伝った。
「お前も、私の犠牲になりたいか?」
不意に、鏡の中に黒い影が現れてきた。
その姿は人間の形をしていたが、目は空洞のようになっており、悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
修は恐怖で動けなくなり、ただその影に見つめられている。
「私を開いて、永遠にここに留まるというのはどうだ?」
その影が告げる。
その瞬間、修は理解した。
この宿は、失踪した人々の魂を閉じ込め、利用しているのだと。
彼もまた、彼らの運命を辿ることになるのかもしれないと、心が恐怖で震えた。
修は急いで部屋を飛び出す。
しかし、扉が重く感じられ、開くことができなかった。
周囲の空気が一層重くなり、誰かの囁きが彼に迫ってくる。
「逃げれば逃げるほど、私が近づいてくる…」
恐怖に駆られた修は再度、扉を開こうとしたが、脳裏に浮かぶのは失踪者たちの絶望の声だった。
友人たちが待っているであろう部屋へ戻りたい思いと、この宿の呪いに囚われてしまうことの恐怖が相反し、彼は心の中で葛藤した。
「助けてくれ…!」
修は全力で扉を押し開け、友人たちの元に戻った。
彼らは何も知らずに酒を酌み交わしていた。
安心感が一瞬彼を包むが、その目を見た瞬間、彼は悟った。
彼の友人たちも、影に取り込まれ、もう戻ってこないのだ。
扉の向こうで開けられた不気味な空間と、彼の心に開いた恐怖が永遠に彼を縛りつける運命を示していた。
宿を離れたとしても、すでに彼はその影に魅了されていた。