高村あかりは、都市の喧騒から離れた静かな山奥にある、古びた宿屋に宿ることにした。
彼女は忙しい日常から逃れるため、そして心の癒しを求めて、この場所を選んだのだった。
屋内は薄暗く、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。
しかし、彼女はそれを特別な体験として受け入れることにした。
部屋に入ると、すぐにベッドに身をゆだねた。
宿屋の中は静まり返り、時折聞こえる風の音が心地よかった。
あかりは、静かな環境で過去の疲れを癒そうとした。
しかし、この宿屋には何か不思議なものが潜んでいるようだった。
夜が更けてくると、あかりは薄暗い廊下の先から微かな声を聞いた。
「助けて…」その声はうっすらとした音色で、彼女の心に響いた。
好奇心が勝り、あかりは声の方向に足を向けた。
すると、廊下の奥に一つの部屋が見えた。
扉は薄く開いていて、不気味な光が漏れていた。
中に入ると、様々な割れた鏡が散乱していた。
それぞれの鏡には、彼女の姿ではなく、誰かが映し出されている。
そして、その映像は、まるで過去の自分を映し出しているようだった。
彼女はその映像に目を奪われた。
そこには、彼女が逃げたかった過去、忘れたい思い出が映っていた。
様々な感情がぶつかり合い、混乱した気持ちが胸の中で渦を巻いていた。
「逃げないで…」その声が再び聞こえた。
あかりは恐怖を感じたが、同時にその声が自分の過去と向き合わせるものであることに気づいた。
なんとかその場を離れようとしたものの、身体が動かない。
まるでその影に囚われてしまったかのようだった。
その時、彼女は一つの鏡に映る自分を見つめた。
そこには、悲しみと後悔を浮かべた自分がいた。
「どうして、私は逃げたのだろう?」その問いかけが心の中に響いた。
あかりはもう一度、逃げずに直面しようと決意した。
真実を知るために。
彼女は鏡の前に立ち、ゆっくりと語りかける。
「私はあなたを忘れたくない。あなたは私の一部だから。」言葉を紡ぐたびに、過去の自分が少しずつほぐれていくのを感じた。
そして、心の中にあった割れた感情が、徐々に癒されていくのを実感した。
その瞬間、周囲の空気が変わり、鏡が割れる音が響いた。
鏡の破片が床に散乱し、美しい光の粒子があかりを包んだ。
彼女は感じた。
過去の傷は決して消えないが、受け入れることで新たな道を歩むことができると。
やがて、彼女はその部屋を後にし、静かな廊下を歩き始めた。
宿屋の空気がどこか温かく感じられた。
心は軽やかで、その場を訪れた目的を果たした気持ちになった。
あかりは自分の足で前へ進む決意を新たにした。
彼女が宿屋を去る頃、外は明るい朝を迎えていた。
過去の自分を抱きしめ、新しい未来へと一歩踏み出したあかりは、心の中で微笑みを浮かべていた。
逃げることなく、自分と向き合ったことで、彼女には新しい視界が開かれていた。