ある夏の日、田中直樹は、大学の卒業を控えた友人たちと共に、ひと夏の冒険を求めて古い洋館を訪れた。
その洋館は、地元で有名な心霊スポットであり、度々奇妙な現象が報告されていた。
しかし、若さと好奇心が勝り、彼らは恐怖を忘れてその場所へ足を運んだ。
洋館に到着すると、長い間人が住んでいないせいで、周囲は薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。
友人たちは笑い合いながら入っていくが、直樹だけはどこか気が重く、その場の空気に惹きつけられるように感じていた。
内部は埃だらけで、廊下には古い家具が散乱している。
窓から入る光は薄く、部屋全体がゴーストのように見えた。
友人たちが談笑する中、直樹は一人、奥の部屋へと足を運んだ。
そこには大きな鏡がかかっていた。
その鏡はまるで直樹を拒むかのように、何か分からない影を映し出しているようだった。
近づくと、彼は鏡に映った自分の姿が明らかに変わっていることに気づいた。
目の奥に宿る深い闇や、どこか不気味な笑みが映り込んでいた。
「おい、直樹、何してるんだ？」友人の佐藤が呼びかけた。
直樹は驚き、振り返った。
戻るつもりだったが、鏡に引かれるように再び視線を向けてしまった。
すると、鏡の中の影が微かに動いた。
まるで彼を呼んでいるかのように感じた。
怖さを感じながらも、直樹は手を伸ばし、鏡に触れてみた。
その瞬間、まるで電流が流れたかのように、彼の身体がひどく震えた。
周囲の音が消え、視界が暗転する。
気がつくと、直樹は不思議な空間に立っていた。
彼が目にしたのは、暗闇に覆われた一面に広がる無数の鏡だった。
それぞれの鏡の中には、彼の過去の姿や、彼が忘れたくて忘れた思い出たちが映し出されていた。
「過去の影が、あなたを待っている」と、どこからか声が聞こえた。
振り向くと、そこには朽ち果てたような姿の女性が立っていた。
彼女は直樹に向かって、手を差し出す。
「あなたが逃げたかったもの、見つめてみませんか？」
怖れと好奇心が入り混じる直樹は、無意識に彼女の手を取った。
すると、周りの鏡が一斉に彼の記憶を映し出し始めた。
過去の失敗や後悔、悲しみが次々と映り、彼の心はその重さに押し潰されそうになった。
「私は逃げたかったんじゃない。逃げられないんだ」と直樹は呟いた。
その瞬間、暗闇の中から何かが蠢き始め、彼の心の内に潜む恐怖が顕在化していった。
混沌とした感情が渦を巻き、彼を取り囲む。
「君は何を望んでいるのか、それを見つけ出さなければならない」と、女性が囁く。
直樹は思い切って一歩踏み出した。
「もう逃げない。私の過去を受け入れる。」彼の言葉と共に、周囲の暗闇が徐々に薄れていく。
それに応じるように、鏡の中の影も彼を包み込んでいった。
しかし、彼は恐怖を抱えつつも、今の自分を大切に思う気持ちが芽生え始めていた。
そして一瞬、全てが静まり返った。
彼は目を閉じ、心の中でひたすら自分を受け入れることを願った。
すると、周囲の景色が白い光に包まれ、彼は再び意識を取り戻した。
目を開くと、見覚えのある洋館の中に立っていた。
友人たちの声が遠くから聞こえてくる。
直樹はその場を振り返り、鏡の中に彼の記憶との戦いがあったことを思い出したが、もう以前の彼ではないと感じた。
彼は過去を受け入れ、新たな一歩を踏み出す勇気を得たのだった。
