静まり返った、地に隠された村があった。
その村は、普段の人々からは忘れ去られた存在であり、その地に住む者たちは決して外の世界に出ようとはせず、内向的であった。
護という若者も、その村の住人の一人であり、常に静かな日々を送っていたが、彼の心の中には常に“失ったもの”があった。
護は数年前、最愛の妹である美咲を失った。
その事故は決して忘れられない出来事で、彼はその運命に抗うことができず、いつも心に重い陰が差し込んでいた。
村を出て外の世界へ行くことも考えたが、村の掟がそれを許さなかった。
彼は一人、失った妹の面影を追い求める日々を過ごしていた。
ある晩、護は村の外れにある古びた神社を訪れた。
そこでは当地の伝説とともに、妹を失ったことで感じていた空虚感を埋めてくれるような何かを求めていた。
神社には「代わりの命」を授けるという噂があり、護は無邪気にそれを信じようとしていた。
神社の前に立つと、どこからか不気味な気配が漂ってきて、護の背筋を凍らせた。
それは音も立てずに彼を取り巻き、まるで何かに導かれるようにして神社の中へ足を踏み入れさせた。
古びた木の扉を開けると、薄暗い神社の内部が見えた。
神社の奥には、一つの大きな鏡が鎮座していた。
その鏡は一見普通のものであったが、何か異様な力を感じさせるものであった。
護はその鏡に近づき、自分の姿を映した。
すると、その反映に映る自分は、まるで妹の美咲の姿が混ざっているような錯覚を覚えた。
「美咲…」
護はその瞬間、心の中にある悲しみが溢れ出すのを感じた。
彼は一度、目を閉じ、心に強く念じた。
「どうか、美咲を戻してほしい」と。
その瞬間、背後から冷たい風が吹き抜け、鏡の表面が揺らいだ。
護は目を開けると、鏡の中に新たな映像が映し出されていた。
それは、美咲の笑顔だった。
護は内心の興奮を抑えきれず、「本当に戻ってきたのか?」と問いかけた。
しかし、その時、鏡の中の美咲の表情が次第に変わり、今度はおぞましい笑みを浮かべて見せた。
「護、私と入れ替わろうよ。」
その声はどこか冷たく、不穏な響きを持っていた。
護は心の底で何かが急激に恐れを抱き始めた。
彼は妹を失った悲しみから逃れるために、この奇妙な選択肢を受け入れてしまいそうだった。
だが、冷静になり、彼はそれを否定する決心を持った。
「そんなの無理だ、美咲はもういないんだ。君はどこかにいるのかもしれないが、交換することなんてできない!」
突如、神社の空気が一変し、暗雲が立ち込めるような感覚に襲われた。
鏡の中の美咲は、今度は怒りに満ちた声を上げた。
「戻れ、私を迎え入れる混乱から逃げてはいけない!」その声が響くたびに、護は激しい頭痛に耐えるように身体を痙攣させた。
護は一瞬迷ったが、妹を失った後の悲しみを思い出し、彼女と共にいた日々を振り返ることで勇気を取り戻した。
彼は大声で叫んだ。
「美咲、無理だ。君はもう戻らない。私は君をこの手で失った、そしてそれをいつまでも背負っていく!私の心の中に君はいる!」
その言葉を境に、鏡がひび割れたように響き渡り、冷たい風が護を包み込んだ。
そして、彼は力を振り絞り、神社を飛び出した。
振り返ると、神社は静まり返っており、鏡は無数のひび割れを残して、新たな存在を求める無神経な喧騒の中に消え去っていった。
護は村の外で、失ったものを受け入れることで自分が本当に妹を偲ぶことができると気づいた。
彼は悲しい過去を抱えつつも、それを乗り越える力を持っていたのだ。
そして、村の外の広い空を見上げ、静かに美咲の思い出に寄り添った。