ある日の夕暮れ、大学生の翔太は友人たちと遊んだ帰りに、古びたアンティークショップの前で足を止めた。
興味を惹かれた翔太は、友人たちを振り切ってその店に入っていった。
店内は薄暗く、ガラスケースの中にはさまざまな古道具が所狭しと並べられていた。
その中で一際目を引いたのが、古い鏡だった。
額縁は金色に輝いており、どこか不気味な気配を漂わせていた。
「これ、面白いね」と翔太はつぶやきながら鏡をじっと見つめた。
が、反射している自分の姿の背後に、何かがいるような気配を感じて思わず振り返ったが、誰もいない。
少し気味悪くなったが、鏡に近づいてさらに目を凝らしてみた。
すると、髪が長い女性の姿が、彼の後ろに立っているように映り込んでいるのに気づいた。
翔太は驚いて振り返ったが、そこには誰もいなかった。
再び鏡を見つめると、女性の姿は消えてしまっていた。
彼女にどこか惹かれた翔太は、その鏡を購入することに決めた。
家に帰ると、翔太は鏡を自室に飾った。
その夜、寝る前に鏡の前で身支度を整えていると、またしてもさっきの女性の姿が映るのを見た。
彼女はじっとこちらを見ており、翔太の目が合うと微笑んだ。
不思議な感情が胸に広がり、どこか懐かしさを覚えた。
日が経つにつれ、翔太は毎晩その鏡の前に立ち、彼女との会話を楽しむようになった。
彼女の名前は美月と名乗り、彼女との交流がまるで本当の友人のように感じられ、現実の人間関係の煩わしさを忘れさせてくれた。
しかし、美月は時折悲しそうな表情を浮かべることがあり、そのたびに翔太の心は重くなった。
ある夜、翔太は美月に「何がそんなに悲しいの?」と尋ねた。
美月は無言で鏡を見つめ、涙を流した。
「私、わすれられない人がいるの」と彼女は言った。
その言葉に翔太は何か心に引っかかるものを感じた。
「どういうこと? 教えてよ」と迫ると、美月はゆっくりと話し始めた。
彼女は昔、とても大切に思っていた恋人と別れたという。
その影響で彼女は自分を見失い、こうして鏡の中に囚われているのだと。
翔太は胸が締め付けられる思いを感じた。
彼女の苦しみを解放してあげたいと思ったが、どうすれば良いか分からなかった。
日が経つにつれ、美月はどんどん弱っていくように見えた。
彼女の存在は今や霧のように不安定になり、時折反射に映る姿が曖昧になっていた。
翔太は焦り、何とか美月を救おうと決意した。
彼女に付いて回るその影を取り除くために、彼は自分自身の記憶をたどってみることにした。
「私のことを覚えていて」と美月は再び涙を流す。
「私は未だに忘れられない…」
翔太は彼女の言葉を心に刻み、その思い出を胸に彼女を助けるための計画を練り始めた。
彼は美月の思い出の場所、彼女が愛した恋人の名を探し出し、彼女の心の中にある未練を解き放つことを試みようとした。
だが、計画が進むにつれ、彼自身がいつの間にかその鏡に取り込まれる感覚を覚えた。
まるで、美月の未練と自分の思い出が一緒になって、それに引きずり込まれているような錯覚を感じた。
次の日の朝、翔太は鏡の前に立つことができなかった。
心の奥で美月の声が聞こえるような気がした。
「私を忘れないで…」と、彼女の言葉が繰り返された。
その声に耐えきれず、翔太は鏡を下ろし捨てようとしたが、その瞬間、鏡の表面が激しく揺れ始めた。
「翔太!」美月の声が響いた。
翔太は恐怖を感じながらも振り返るが、鏡はすでに静まり返っていた。
その後、翔太の日常生活は次第に影を落とし始め、心の中に深い虚無感が広がっていった。
彼女を助けるために自分を犠牲にしようとした分、彼自身が失ってしまったのだ。
覚えていてほしいと願い続ける美月の声を胸に、翔太はいつしか自らの存在さえ薄れていくのを感じるようになった。
彼の周りの世界は以前と変わ心は乱され続け、自分が一体何者なのか分からなくなっていった。
翔太は日々、思い出すことと忘れ去ることの狭間で揺れ動き続けていた。
その姿はまるで鏡の中の影のようだった。