「鏡の中の悪夢」

夜遅く、静まり返った町の商店街に、一軒だけ開いている古本屋があった。
その店には、普段は訪れる者も少なく、特に暗い雰囲気を漂わせていた。
この店の主人は、幽という名の中年男性。
彼はいつも陰鬱な表情をしており、周囲の人々からは少し敬遠されていた。

幽は、日が暮れると本を読むのが日課だったが、特に悪をテーマにした本に惹かれていた。
彼の手元には「心の闇」という小さな本があり、その内容に没頭していると、徐々に周囲の空気が変わっていくのがわかった。

ある晩、本を読み終えた彼は、書店の裏手にある小さな鏡を目にした。
鏡の中に映る自分の顔が、どこか不気味に感じられた。
目が異常に大きく、肌は青白く見え、まるで別人のようだった。
彼はその現象に興味を持ったが、悪いものに取り憑かれたのではないかと、心のどこかで恐れを感じていた。

その日以降、幽は本を読むたびに、鏡の中の自分に意識が向くようになった。
何度も繰り返しその鏡を見つめるうちに、彼の心は悪に染まり始めた。
心の奥底で封じ込めていた感情があふれ出し、彼は周囲の人々に対する不満や怒りを抱き始めた。

ある夜、幽は再び鏡の前に立った。
鏡の中で、彼の目の奥に何かが宿るのを感じた。
それは、はっきりとは見えなかったが、彼の心の闇を象徴する存在だった。
次の瞬間、彼は衝動的にこの存在に呼びかけ、何かの共鳴を求めてみた。
「誰か、私の心の中の悪を引き出してくれ!」

その瞬間、鏡から冷たい風が吹き込み、幽の周りの空気が一変した。
鏡の中に現れたのは、これまでの彼の心の影そのものだった。
その影は、美しい女性の姿をしながらも、目は凍りつくような冷たさを帯びていた。
彼女は、「あなたの望みを叶えてあげる。それが、あなたを永遠に悪に染める代償でもあるのよ」と言い放った。

果たして、彼の人生は急速に変わり始めた。
彼が触れるものすべてが、不気味な現象を起こし始めたのだ。
近所の人々は次々と耳鳴りや幻覚に悩まされ、彼の周囲には、不幸が降りかかるようになった。
だが、幽はその様子に楽しむかのように、心の中で悦に入っていた。

ついに、幽はその影に取り憑かれ、彼自身も悪の存在と化していった。
彼は日夜、鏡の前に立ち続け、自らの心の悪を解放し続けた。
その結果、彼は心を揺さぶるような、胸の内から溢れる感情を抱くことができた。

しかし、次第に彼は鏡の中の影に囚われ、外の世界との接触を断たれていった。
彼はもはや、自分が何を求めていたのかさえ理解できなくなり、ただ鏡の中の自分を見るばかりだった。

最後に、ある夜、幽は鏡に映るその美しい影に向かって、心の底から叫んだ。
「もう何もかも嫌だ。解放してくれ!」すると、影は不気味な微笑みを浮かべながら、「あなたが今まで抱えてきた心の悪を全て受け入れたのだから、解放はあり得ない。これはあなたの選んだ道なのよ」と応えた。

その瞬間、幽は自分が作り上げた悪の牢獄に閉じ込められ、完全に孤立してしまった。
彼の心の奥底には、不完全な恨みと後悔が渦巻いているだけだった。
商店街の古本屋は、静かに存在を忘れ去られ、一人の男の暗い物語だけが、そこに残された。

タイトルとURLをコピーしました