東京のある古びた町に、古典的な和式の旅館「霧の宿」があった。
近年、その建物は不気味な噂に包まれ、訪れる客もまばらだった。
特に、宿の一室で過去に起こった悲劇が語り継がれており、それは再び人々の心をざわつかせていた。
その部屋には、かつて「ゆかり」という名の女性が宿泊していた。
彼女は心に深い傷を抱え、最後の旅としてこの宿を訪れた。
思い出の地を巡りたいと願う彼女の目には、どこか虚無感が漂っていた。
しかし、彼女の行動は一人の友人である「大輔」に利用されていた。
大輔は、ゆかりが抱える苦悩を知っていた。
彼女の心を解放するために、この旅を手伝うと申し出たが、真の目的は異なっていた。
実は彼、自らの野心のためにゆかりを犠牲にしようとしていたのだった。
そして、彼女がこの宿に宿泊することが、彼の計画を進める絶好の機会だと思い至っていた。
晩の帳が下りる頃、ゆかりは宿の一室に寝泊まりし、彼女の不安に苛まれていた。
彼女は、夢の中で一つの影が迫ってくる恐怖を感じ始めた。
それは彼女の過去の苦悩であり、解放されることのない「な」だった。
彼女の周囲には微かに、彼女を見つめる何者かの気配があった。
その夜、大輔はひそかに計画を進めていた。
彼は宿の秘密を知っていた。
宿の一室には、呪われた鏡があり、そこに触れることで「な」を放つ力を持つという。
その「な」は宿に宿る怨念であり、彼がゆかりを犠牲にすることで解き放つことができると信じていた。
彼はゆかりを部屋に呼び寄せ、「この鏡には秘密がある。試してみたら?」と囁いた。
ゆかりは半信半疑だったが、その好奇心に駆られ、鏡に近づくことを選んだ。
彼女の手が鏡に触れた瞬間、何かが凍りつくような感覚が彼女を包み込み、驚愕の声が喉から漏れた。
鏡の中に映ったのは、彼女の過去の後悔であった。
彼女自身の姿でありながら、まるで別人のような冷たさが宿っていた。
それは彼女を見つめ、苦しみを投影する存在だった。
大輔は戸惑いを隠しきれず、その様子を見つめていた。
「もう、放してよ…」とゆかりの声がかすれた。
彼女の目に光る涙は、彼女の心の中の悲しみを象徴していた。
大輔は恐怖に駆り立てられ、彼女を看護しようとしたが、手にした愛情はすでに破れかけていた。
その瞬間、鏡がまるで彼女の思いに反応するかのように光を放った。
「再び、二人の未来を選べ」と不気味な声が響き渡る。
ゆかりはその声に引き寄せられ、心の底から叫んだ。
「私は、もう一度やり直したいわ!」と。
そして、彼女の心の中の暗闇が一瞬、光に包まれたように感じられた。
だが、それは同時に大輔にとって、選択を決定的に変える瞬間でもあった。
彼は彼女を愛していたことに気付くが、同時に彼女を犠牲にしようとしていた過去の自分を思い出していた。
「もう一度、君のために犠牲になりたくない…!」と混乱する大輔。
しかし、彼の手は動かない。
結局、ゆかりは鏡の中の存在によって引き裂かれるようにして消えてしまった。
大輔もまた、彼女を失ったことで大きな後悔に濡れた。
彼は彼女が抱えていた「ナ」に囚われ続け、彼女の思いを背負うことになってしまった。
それからの町には、「霧の宿」の噂が新たに広まり、大輔はずっと「再」を求め続けることになる。
そして、彼の心の中には、ゆかりの姿が鏡の中に留まり続け、彼に見るたびに悲しみが押し寄せるのだった。