古びた館の中、静寂が漂っていた。
この館は、長い間人々から忘れ去られた場所であったが、最近では好奇心を抱く者たちが訪れるようになっていた。
しかし、その静けさの裏には、恐ろしい秘密が潜んでいるのだ。
ある晩、ひとりの少女が館に足を踏み入れた。
彼女の名前は、愛。
彼女は祖母から聞いたこの館にまつわる話に興味を持ち、暗い夜に勇気を奮い立たせてやってきた。
館の外観は朽ち果て、まるで誰も住んでいないように見えたが、彼女の心には好奇心が渦巻いていた。
館の中に入ると、薄暗い廊下が彼女を迎えた。
ひんやりとした空気が肌を撫で、愛は一瞬身震いした。
しかし、好奇心が勝り、彼女はさらに奥へと進む。
壁には昔の家族の肖像画が飾られ、傾いた額縁には謎めいた目が描かれていた。
その目は彼女をじっと見つめているように感じ、愛は少し不気味に思った。
館の奥へ進むうちに、愛はひとつの部屋に辿り着いた。
その部屋には巨大な鏡が掛けられており、周囲には古びた家具が無造作に置かれていた。
鏡に映る自分の姿を見つめていると、ふと異変を感じた。
鏡の奥に、何かがちらりと動いたのだ。
愛は目を凝らし、その瞬間に目が合った。
鏡の中の自分と、別の世界にいる何か——それは彼女に似ているが、何かが決定的に違った。
恐怖に駆られた愛は、その場を逃げ出そうとした。
しかし、ドアは重たく閉ざされ、彼女の力では開けられなかった。
そのとき、再び鏡の中に現れた影。
そこには、彼女の目をじっと見つめるもう一人の愛がいた。
彼女の姿は血色が悪く、目は虚ろで、何かを求めるような視線が向けられていた。
「お前を失いたくない……」
その言葉は愛の心に響いた。
彼女は、自分が何かを失っていることに気づいた。
失ったもの。
それは彼女の記憶の中で薄れていく大切な人々。
彼女はいつの間にか、彼らのことを考えることをやめていた。
暗い過去を思い出すことがつらくて、気づかぬうちに心の中で失っていたのだ。
その時、鏡の中のもう一人の愛が微笑んだ。
しかし、その笑みは狂気に満ちたもので、愛は恐怖に取り乱した。
彼女はその場で絶叫し、魂に縛られた思い出を取り戻ろうと必死になった。
愛は、自分の目を鏡に向け、もう一度自分自身を見つめ直した。
それは償いの瞬間。
自分がどれだけ大切な人々を失っていたのか、そしてそれを取り戻すためにはどうすればいいのか、彼女の心に浮かんできた。
「戻る。戻りたい……」
愛は心の奥底から叫び、その瞬間、館の静寂が破られた。
鏡の中の影は激しく揺れ、彼女の叫びに反応するかのように目を光らせた。
愛はその光をしっかりと受け止め、失われた記憶を取り戻す努力をする決意を固めた。
館は静まり返り、彼女の声が消えた後、朝の光が差し込み始めた。
しかし、愛が館を去ることができたとしても、別の世界にはずっと彼女を見つめ続ける影が残った。
それは彼女の中で失ったもの──償いのための一歩。
彼女の心の奥に潜む暗闇は、永遠に彼女と共にあるのかもしれない。
その日以降、愛は決して館を忘れることはなかった。
彼女の目には、失った記憶が鮮明に映り込むようになり、それを守る強い意志が芽生えたのだった。