春のある静かな晩、東京の喧騒を逃れて、友人たちと共に山奥の別荘へと出かけた。
私の名前は健太、25歳。
自転車製作の仕事をしている。
別荘は古い木造で、周囲を囲むように生い茂る森に包み込まれている。
そこでのひとときは、日々のストレスから解放される貴重な時間だった。
日が沈み、真っ暗な夜が訪れると、友人の一人、恵美が突然、「ここの裏に隠れた廃屋があるよ。ちょっと行ってみよう」と言い出した。
私たちの中で面白半分に異なる世界を探求することが好きな者は、恵美の提案に賛同し、懐中電灯を片手に森へ進んだ。
歩くこと数分、薄暗い中に廃屋が現れた。
窓は割れ、扉は閉ざされていたが、その存在感は無言で圧倒的だった。
私たちはその場に立ちつくし、互いに顔を見合わせた。
「行くべきか、帰るべきか」と迷っていると、急に風が吹き荒れ、木々がざわめきだした。
その瞬間、廃屋の扉が突如として開いた。
ただの風と思い込むには、あまりにも不気味だった。
私たちは緊張しつつも、好奇心に駆られてその廃屋の中へと足を踏み入れた。
薄暗い内部は埃にまみれており、荒れ果てた家具が点在していた。
何かが私たちを待っているかのように、その場の空気は重く、冷たかった。
健一は「この廃屋には何があるの?」と不安を口にした。
やがて、私たちは二階へと続く階段を発見し、その足場を進むことにした。
階段を上がった先に待っていたのは、広い部屋と、たった一つの古い鏡だった。
その鏡は美しく磨かれており、その前に立つと、自分自身の姿が映り込んでいた。
しかし、その顔はいつも見慣れている健太ではなかった。
自分の顔が裏側にひび割れるように変わっていく様子は、不気味で恐ろしい。
突然、鏡の中から冷たい手が伸び、私の腕をつかみ取った。
背後から大きな声が聞こえ、「お前は果たして、何を求めてきたのか?」と問いかけられた。
驚きのあまり声を上げることもできず、ただその場から逃げ出そうとしたが、身動きが取れない。
鏡の中の存在が、私の心の内側を透き通し、裏の部分を暴き立てるように攻撃してくる。
私の過去の過ち、後悔、隠していた思いが、次々と浮き彫りになった。
「これが、お前の本当の姿だ。」と、その声はさらに続けた。
「お前は自分自身を逃げてばかりいる。そんな弱い自我を持つ者は、決してこの場から逃れられない。」その言葉に、心が震えた。
私は一瞬、自分の過去の果てしない闇に引き込まれそうになった。
他の友人たちの声が届いたのは、その時だった。
「健太!どこにいるの!」と不安な声が響く。
私は必死に心を整え、「俺は大丈夫だ!今行く。」と声がかけた。
必死になって鏡を振り払うと、ようやくその冷たい手から解放され、かろうじて階段を降りることができた。
部屋の外に出ると、まるで夢から覚めたかのようだったが、内なる恐怖は依然として消え去らない。
友人たちは私の様子に気づき、「どうしたの?」と問いかけてくる。
私は何も言えず、ただ廃屋を後にすることにした。
山を下りる途中、私は思った。
あの裏の存在は、自分自身の心の中にあるものを反映していたのかもしれないと。
暗い森を越え、夕日の中、私たちは無事に帰宅の途についた。
しかし、私の胸に重くのしかかる思いが残り続けていた。
その気配は、今でも私の背後でささやき続けているようだった。