「鏡の中の少女」

彼女の名前は美咲。
東京の喧騒の中で暮らす普通の大学生で、特別な才能もない彼女は、ただ平凡な日々を送っていた。
しかし、ある日、彼女の運命を変える出来事が訪れる。

美咲は学校の帰り道、いつも通り人混みの中を歩いていた。
ふと、気になる店を見つけた。
その店は一見して古びていて、もっと行き交う人々の視野から外れているように見えた。
店の中は薄暗く、無造作に展示された商品が並んでいたが、そこにはどこか引き寄せられるものがあった。

彼女はその店に入り、目を奪われるように一つの鏡を見つめた。
それは古い金色のフレームに囲まれた大きな鏡で、表面には不思議な模様が施されていた。
彼女が鏡に手を伸ばすと、何故か微かな声が聞こえた。

「映し出されるのは、過去のあなたよ。」

美咲は少し驚いたが、不思議な魅力に引き込まれるようにその声に従った。
鏡の中に映った彼女は、まるで別人のようである。
そこには、普通の彼女ではなく、幸福そうな笑顔を浮かべた、どこか懐かしい少女の姿が映っていた。
彼女は心の奥で何かがざわつくのを感じた。

日々が過ぎる中で、美咲はその鏡に夢中になり、毎日通うようになった。
鏡の中の少女は、彼女の幼少期の姿であり、失われた思い出が蘇るようだった。
鏡を通じて映し出される映像は、彼女の心の奥深くに眠っていた記憶のかけらたちを散らかすように、心を揺さぶった。

しかし、美咲は次第にその鏡に依存するようになり、その少女の存在が現実よりも心地よく感じられるようになった。
彼女は自らの過去を追い求め、失われた時間を取り戻そうともがいた。

ある日、鏡を覗き込むと、映し出されたのはいつもと違う光景だった。
鏡の中の少女は一瞬、美咲に目を向けた。
その表情は悲しげで、何かを伝えようとしているように見えた。

「美咲、私を助けて…」

その瞬間、美咲の心は締め付けられるような感覚にとらわれた。
彼女の内に秘められた恐れと不安が押し寄せ、逃げ出したい気持ちと同時に、その少女を救いたいという衝動が生まれた。
だが、彼女はどうすることもできなかった。

日が経つにつれて、美咲は次第に現実を見失い、鏡の中の少女との関係に没頭していった。
彼女は夜を徹して鏡の前に座り続け、幻想に浸ることの心地よさに抗うことができなかった。
だが、その代償は大きく、周囲からは次第に彼女が失われていく姿が見えていた。

美咲の周りには、彼女のことを心配する友人たちがいたが、彼女はその声すら聞こえない。
彼女の瞳は鏡の向こうにある世界に引き寄せられており、現実と幻想の境界がどんどん曖昧になっていった。

ある晩、鏡の中で少女はとうとう涙を流し、こう言った。

「美咲、私を連れ出して、ここから解放して。」

その言葉に、美咲はついに心が折れそうになった。
彼女は自分が失いかけているものが何かを理解しかけたのだ。
しかし、その瞬間、彼女の体は鏡に飲み込まれるような感覚に襲われた。

美咲は必死に抵抗したが、力が抜けていく。
鏡の中で映し出された少女は彼女の姿に変わり、反対側では美咲の実体が消えていく。

翌日、久しぶりにその通りを通りかかった人々は、道端に放置された古びた鏡を見つけた。
ただの鏡としか思えないその中に、時折映る少女の影に気づくことはなかった。
彼女はすでに失われた存在になり、二度と誰にも見つけてもらえない孤独な幻想の中に閉じ込められていた。

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