ある晩、由紀は古びた洋館を訪れた。
この洋館は、住人が不幸に見舞われて以来、長い間放置されていた。
由紀は興味本位で友人たちと共に探索することにしたが、友人たちはすぐに帰ってしまった。
彼女一人だけでの探検が始まった。
洋館の中は、薄暗い照明と静寂に包まれ、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。
壁には色褪せた写真が飾られ、目の前には古い家具が積もった埃を被っていた。
由紀は、家の奥に進むほどに不安を覚えたが、好奇心がそれを上回っていた。
廊下を進むうち、彼女は一つの部屋の扉を発見した。
ノブを回すと、ギギッと不気味な音を立てて扉が開く。
部屋の中には、まるで誰かが住んでいたかのように、整ったままの机や椅子が置かれていた。
その中心には、一つの小さな木箱があった。
不思議なことに、箱はほんのり光を放っているように見えた。
興味を引かれた由紀は、木箱に近づいた。
手を伸ばしてフタを開けると、真っ赤な布が広がった。
その中には、古びた鏡が収められていた。
鏡はくすんでいるが、周囲に渦巻く光がその存在感を増している。
由紀は、鏡をそっと手に取った瞬間、奇妙な感覚が彼女を包んだ。
その時、鏡の中に映ったのは、彼女自身ではなく、見知らぬ女の顔だった。
女は由紀をじっと見つめており、目に浮かんだ涙が鏡の表面を伝い落ちていく。
「助けて…」という声が聞こえたように思えた。
由紀は動揺し、恐怖を感じたが、その声に引き寄せられるように鏡を見続けた。
不意に、鏡の中に映る世界が揺らぎ、まるで何かが引き寄せられるような感覚がした。
そして、女の表情が変わり、恐れと悲しみが混ざった表情に変わった。
「戻ってきて…こっちに来て…」彼女の声は更に強くなり、由紀は思わず後ずさりした。
だが後ろには扉があり、逃げ場がない。
彼女は一瞬にして、女の正体を知ってしまった。
それは、かつてこの洋館に住んでいた、名もなき存在の一部だった。
鏡の中の女、真は、誰かに救われることを切望しているようだった。
由紀は恐怖がこみ上げてくる一方で、何故かその存在に惹かれていく。
これは、単なる怨霊ではない。
どこか彼女と同じような、孤独な魂のように思えた。
由紀は不思議と、女を助ける義務を感じ始めていた。
「戻す手段が、私にはある。」そう思った彼女は、手を伸ばし、鏡をさらに引き寄せた。
その瞬間、部屋全体が光に包まれ、由紀は意識を失った。
次に目を覚ましたとき、彼女は不思議な感覚に包まれていた。
彼女の目の前には、洋館の夜の光景が広がっていたが、自分がいるのは明るい空の下の、別の場所だった。
そこは洒落た公園で、人々が楽しんでいる姿が見えた。
ただ一つ、彼女は自分の手に、小さな木箱を握りしめていた。
後日、彼女はあの洋館の話を聞くことになった。
住民たちは真のことを忘れたかのように、奇妙な現象が起こった時、彼女の助けが与えられたという伝説が伝わっていた。
由紀は気づいた。
あの女は、彼女に何かを託けられ、そして新たな始まりを望んでいたのだ。
彼女は、自らの選択を理解し、真を助けるために生を受けることができたのかもしれない。
興味を追求するその力は、彼女の心に深く根付いていた。