「鏡の中の孤独」

狛は、毎晩遅くまで残業を続ける仕事人間だった。
ある晩、帰宅する際に立ち寄った古いリサイクルショップで、一枚の古びた鏡を見つけた。
その鏡は、どこか不思議な雰囲気を醸し出しており、彼は惹きつけられるようにしてそれを購入した。

狛は鏡を自宅の部屋に飾り、その美しい反射に満足していた。
しかし、次第に彼の心に不安がよぎるようになった。
朝起きると、鏡からは自分ではない誰かの姿が映り込んでいるような気がしたからだ。
彼はその思考を振り払おうとしたが、どうしても気になってしまった。

ある夜、仕事から帰ると、家の中は静まり返っていた。
狛は疲れた体を癒すためにお風呂を沸かし、リビングに戻ると、鏡の前に立ち尽くした。
鏡の中には、自分の姿が映り込んでいるはずだったが、彼の目にはそれが曖昧にぼやけて見えた。
その瞬間、彼の視界の隅に何かが動いたのに気づいた。
何か暗い影が彼の背後にいるような感覚だ。

「誰かいるのか?」狛は小さな声で呟いたが、返事はなかった。
しかし、彼の心には奇妙な感覚が広がっていた。
まるで鏡の中の世界から、彼が見られているかのように感じた。
狛は不安でいっぱいになり、鏡から目を背けた。

日々が過ぎるにつれ、その不気味な感覚が増していった。
ある晩、狛は夢の中で不思議な女性に出会った。
彼女は彼に語りかけた。
「あなたの心の望みを教えて。私はそれを叶えてあげる。」狛は夢の中で、叶えられない願望や、終わりのない孤独感を抱えていたことを思い知らされた。
彼の心の奥底に眠る想いが、鏡を通じて女性に伝わったのだ。

目覚めた狛は、少し恐怖を感じながらも、その言葉の意味を考えた。
彼は夢に現れた女性が、鏡の中から自分の内面を映し出しているのではないかと思い始めた。
そして彼は、もっと彼女と話をしたいと思った。
冷静さを取り戻した狛は、再び鏡の前に立つことに決めた。

次の夜、狛は鏡の中に向かって言葉をかけた。
「私の望みは、誰かに理解されたいということだ。」すると、鏡が微かに揺れ、その瞬間、女性の姿が鮮明になっていった。
彼女は美しく、どこか悲しげな笑みを浮かべている。
「それを叶えてあげる。私の声で、あなたの心に響き渡る。

彼女の言葉を聞いた狛は、興奮と不安が交錯した。彼女が本当に自分を理解してくれるのなら、と思った。しかし、その夜を境に、彼は徐々におかしくなっていった。仕事に行く気力も失い、周囲の人々からも距離を置くようになってしまった。家の中には暗い空気が漂い、鏡はまるで彼の心を吸い取るかのように光を失っていた。

最後の晩、狛は再び鏡の前に立ち、女性に全てを吐露した。「私の望みが叶えられなかった。どうして、どうして私を放っておいてくれなかったのか?」その瞬間、鏡の表面が波立ち、女性の姿が消えた。
しかし、その後に残ったのは、どこか虚ろな彼自身の姿だけだった。

やがて、周囲の人々は狛の存在を忘れ、端午の祭りが近づいても彼は現れなかった。
彼の家は静まりかえり、鏡は黙然とその場に佇む。
誰も訪れることのない部屋の中で、狛は終わらない孤独の中に閉じ込められていた。
望んだはずの理解は、彼をさらなる闇へと誘っていったのだった。

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