ある静かな秋の夜、和室の畳の上に座るのは、大学生の拓也だった。
彼は友人達と一緒に、昔からの伝説や怖い話を語り合う会を開いていたが、その日は特に雰囲気が重く、誰もがその場の空気に押しつぶされそうになっていた。
拓也は、ふと部屋の隅に目をやった。
そこには古びた箪笥があり、その前には小さな鏡が置かれていた。
友人たちは気にも留めていない様子だったが、拓也はその鏡に妙な気配を感じた。
彼は声を上げた。
「みんな、あの鏡を見て。なんか変じゃない?」友人たちは一瞬その鏡を見たが、特に気に留めることもなく、また話し出した。
拓也は何かが嫌な予感を覚え、言葉を飲み込んだ。
話が進む中、彼の目は次第に鏡に引き寄せられ、気づけば彼自身が鏡の中の世界に入り込んでしまった。
その瞬間、彼の身体は畳の上にそのまま座っているが、彼の意識は鏡の中の異空間へ移動していた。
そこには、彼の顔をした別の自分がいた。
けれども、その表情は異様に冷たく、まるで彼の心の奥底を覗き込んでいるかのようだった。
「お前は本当に孤独なんだな。」その鏡の中の拓也は言った。
拓也は驚いた。
自分のことをよく知っている者の言葉が、まるで自分自身の心の声のように感じられてしまったからだ。
「絆が欲しいのか?それとも、完全に自分を失いたいのか?」鏡の中の拓也は笑みを浮かべながら問いかけた。
拓也は精神的に揺らぎ、恐れを感じた。
「何を言っているんだ!僕はそんなものは求めていない!」と反論する。
しかし、相手はただ静かに笑っている。
そこには、彼のもう一つの側面が映し出されているようだった。
拓也は必死に元の世界に戻ろうとしたが、畳の感触は感じられなかった。
彼は周囲が闇に包まれた異空間に閉じ込められ、今や鏡の中の自分と一体化してしまった。
彼は身体が逆転し、完全に逆の存在に変わってしまった。
もはや彼は拓也ではなく、彼の心の影が具現化された一人の存在だった。
その存在は、彼にとって最も大切なものを手に入れるかわりに、現実の世界からのつながりを断ち切ってしまった。
彼の友人達が楽しそうに笑い合っている様子が、鏡の中から見えてくる。
彼は彼らを心の底から愛していたが、それゆえに自己嫌悪に苦しむ。
結局、絆を求めながらも、彼は孤独に耐えきれず、完全に自分を失ってしまった。
その後、拓也の姿は影のように消えて、彼の友人たちは何も気づかなかった。
夜が更け、空気が凍るように静まり返っていると、彼らはやがて一つのことに気づいた。
それは、すべての声が途切れ、畳の上で鏡に映る影がいつの間にか自分たちの目に映っていることだった。
しかし、その影は彼らの拠り所ではなかった。
彼はもう、この世界には存在しないということを理解した。
拓也が求めた絆は、彼が失ってしまった残りの部分によって逆に彼自身を喪失させ、終わりのない孤独に導いたのだ。
友人たちが鏡を見るたび、彼らは彼の笑顔を思い出し、そのたびに心に残る空虚感が彼らを襲った。
もう一つの拓也の叫びが響く中、彼は永遠の孤独を抱えたまま、他の誰かの心の中に隠れて生き続けることとなった。