「鏡の中の囚われ」

花は小さな町に住む普通の女子大生だった。
彼女の趣味は美術鑑賞で、特にアンティークの鏡に魅了されていた。
一度、古美術商を訪れたときに、黒檀で作られた美しい鏡を見つけた。
その鏡は特別な雰囲気を漂わせており、彼女は無意識にその魅力に惹かれていった。

購入した鏡は、花の部屋の一番目立つ場所に飾られた。
朝の光が差し込む角度から見ると、鏡の表面はまるで生きているかのように美しく輝いた。
しかし、次第に不気味なできごとが起こり始めた。
鏡に映る自分以外のものが、ふとした瞬間に映り込むのだ。
最初は気のせいだと思っていたが、次第にその「何か」が意識を持っていることを感じるようになってきた。

ある夜、花は鏡の前で髪を整えていると、突然耳元で「助けて」というか細い声が聞こえた。
驚いて振り向いても、誰もいない。
ただ、鏡の中に映る彼女の背後には、薄暗い影がちらりと見えた。
恐怖に駆られ、すぐにその場を離れたが、頭にはその声がこびりついて離れなかった。

翌日、花は友人の恵美にこの出来事を話した。
「それって呪いなんじゃないの?なんか怖いね」と恵美は冗談交じりに言ったが、花は真剣に考えてしまった。
彼女は鏡が持つ異質な力に少しずつ魅了される一方で、その影が自分に何を求めているのかを考えていた。

それから数日後、夜更けに再び「助けて」という声が聞こえた。
今度は、よりはっきりとした女性の声だった。
花は恐る恐る鏡を見つめた。
すると、鏡の中に映る彼女の姿が次第に動き出し、映り込んだ影がその女性のものであることがわかった。
彼女は悲しげな表情を浮かべて「私を解放して」と訴えかけていた。

花は心の中で何かを決意した。
この女性が何であるか、そして彼女に何が起こったのかを知りたくなった。
深夜、花は再び鏡の前に立ち、その女性に話しかけた。
「どうすれば、あなたを助けられるの?」彼女がそう問いかけると、女性は微かに微笑んだかと思うと「私の声を聞いて、真実を探して」と一言だけ返した。

その言葉が意味するものを考えながら、花は調査を始めた。
町の古い文献や伝承を調べ、鏡の持ち主に関する噂を耳にするうちに、一つの呪いが明らかになった。
何世代も前に、不運な恋に落ちた女性が、愛する人を手に入れるために鏡に自分の魂を封じ込める呪いをかけた。
その結果、彼女は永遠に鏡の中に囚われることとなり、代わりに彼女の声を求める者に助けを求め続けているのだった。

花はその呪いを解くために、鏡の前でその女性の名を呼び続けた。
「玲子、あなたを解放したい。教えてください」と何度も祈るように呼びかけた。
すると、鏡の中の玲子の表情が、次第に強い願望へと変わっていった。
彼女の声がさらに大きく響き渡り、意識が高まっていく感覚に包まれる。

その瞬間、鏡がまるで生き物のように振動した。
花は手を伸ばして、玲子に触れようとした。
触れることで、彼女を救うことができると信じていた。
しかし、次の瞬間、鏡から黒い霧のようなものが溢れ出し、彼女を呑みこもうとした。
恐怖にかられ、花は反射的にその場から逃げ出した。

その日以降、花は鏡の前に立つことができなくなった。
日々が過ぎるうちに、彼女はその声を忘れようとしたが、時折小さなささやきが耳元に響くことがあった。
そして、何気なく鏡を視界に入れると、彼女の目の前には玲子の悲しそうな表情が映る。

花は鏡に呪いを解く方法を知り得なかったが、玲子の声がまだ心の奥深くで長く響き続けていることに気づいた。
その呪いは彼女が鏡に触れない限り解かれず、でも玲子の存在はどこかに欠かせないと感じさせた。
それ以来、花は輪廻する呪いの中で、一人の女性の叫びを静かに抱え込む日々を送ることとなった。

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