やがて、夜が深まり、静かな町を包む暗闇の中、一軒の古びた家がひっそりと佇んでいた。
この家には、長い間人が住むこともなく、周囲の噂から忌み嫌われていた。
それは、祖母の代から受け継がれてきた家であり、その家の中には一つの大きな鏡が存在していた。
この鏡は、ただの装飾品ではなく、時に人の心の奥底を映し出すと言われていた。
ある晩、大学生の健太は、友人たちと共にこの家に足を運ぶことになった。
彼は好奇心旺盛で、肝試しのつもりで来たのだが、どこかこの家に対しての興味があった。
健太は、大学の講義で怪談について学んだことがあり、その中にこの家の伝説が含まれていたことを思い出した。
「ねえ、あの鏡に触れると、何かが起こるらしいよ。」友人の真司が言った。
彼は少し怖がっている様子だったが、その目は興味で輝いていた。
健太は、そんな真司の気持ちを理解しながらも、反対にその鏡の存在に魅了されていた。
彼は、なんとかしてあの鏡を見たいと思っていた。
家の中は薄暗く、カーテンがかかっている窓からは月明かりがわずかに差し込んでいた。
健太たちは恐る恐る奥の部屋に進み、そこにあった大きな鏡の前に立ち止まった。
その鏡は、年を経て錆びたように見え、全体が不気味に輝いていた。
鏡の中央には、何かが映っているように感じられる。
ただの自分たちの姿だけではなかった。
「見るな、何か不気味な気配がする…」と真司は言ったが、健太は思わず鏡に手を伸ばす。
「気にするな、面白いことが起きるかもしれないぞ！」彼の心の中に冒険心が芽生え、彼はさらに強い興味を持つことになった。
友人たちが気を引き留める声も耳に入らなかった。
健太は鏡に触れた瞬間、全身を冷たい感覚が走った。
鏡の中に映った自分は、まるで別の世界の自分のように感じられた。
そこには、微笑む少女が立っていた。
彼女の目は、健太を見つめ、その視線の強さにぞっとした。
「助けて…」という彼女の声が、耳の中で響いていた。
その言葉は、彼の心の奥に深く刻み込まれた。
何かがこの鏡の中にひそんでいるような気配があった。
彼は混乱しながらも、自分が何か特別な経験をしているのだと感じた。
次の瞬間、健太は鏡の中に自分の視線を向けると、目の前にあった少女の姿が消え、代わりに別の自分、「別の健太」が映し出された。
彼はまるで自分の知らない、もう一人の自分のように思えた。
その姿は、笑い声をあげ、そして「お前を飲み込む」と告げる。
恐怖が彼の中で渦巻いた。
「やめろ！」健太は叫びながら後退したが、鏡の中の自分は動き続けた。
その影は、次第に彼自身に近づいてきた。
健太は急いで友人たちに助けを求めるが、真司や他の仲間は、自分の姿を映し出す鏡の前に立ち尽くしたままだった。
彼らも、何かに引き寄せられるように、鏡に吸い込まれそうになっていた。
その時、心の中に一種の“醒”が訪れた。
健太は、自分がこの鏡を通してどれだけ大切なものを失ってきたのかを思い出した。
彼は家族や友人、そして自分自身の気持ちに向き合うことを恐れていた自分に気付いた。
彼はその瞬間、再び強く決意した。
「自分自身を取り戻す！」
その思いが、深い闇に包まれた空間に響き渡った。
目の前に立つ少女の姿もその決意を受け入れ、消え去り、繋がれていた仲間たちも目を覚ました。
彼らは立ち尽くし、再び普通の世界に戻った。
その日以降、健太は何かを失った自分を理解し、その経験を軸に未来を見つめ直すようになった。
鏡はもう一度彼らの目に触れることはなかったが、彼の心には、自分にとって本当の“生”とは何なのかを教えてくれた、その一時の記憶だけが残っていた。
