寺の静けさが周囲に広がる夜、佐藤健二は、かねてから気になっていた古い寺を訪れることにした。
町外れにひっそりと佇むその寺は、長い年月を経た木造の建物が、不気味な雰囲気を醸し出していた。
健二は、足音を響かせながら、ゆっくりと境内に足を踏み入れた。
寺の中は薄暗く、異様な静寂に包まれていた。
仏壇の前には、油の灯りが flickering(ちらちら)と揺れている。
健二は、そこで小さな祈りを捧げることにした。
しばらく静かに祈っていると、ふと背後で微かな音がした。
何かが動いたような気配だった。
振り返ると、誰もいない。
「気のせいか」とつぶやき、気を取り直して再び祈りを続けた。
だが、今度は確かに、寺の奥から足音が聞こえてくる。
まるで誰かが近づいてくるかのようだった。
健二の心臓は激しく鼓動し始め、恐怖に襲われた。
「誰かいるの?」と声をかけたが、返事はなく、ただ足音だけが間隔を置いて響く。
健二は、興味本位で奥へと進むことにした。
暗闇が徐々に彼を包み込み、前方には薄っすらとした光が見えてきた。
進むにつれて、足音が止まった。
急に静けさが戻り、それは不気味な沈黙に変わった。
健二は不安に駆られながらも、光の源へ向かった。
そこには、古びたお堂があり、その中には一枚の大きな鏡が備えられていた。
鏡の前に立つと、自分の姿が映し出される。
しかし、何かがおかしい。
鏡の中には、健二以外の影が映っている。
後ろの方で、薄ぼんやりとした女性の顔が現れた。
しかし、顔は不自然に歪んでいて、微笑んでいるはずなのに、どこか狂気を感じさせた。
「何だ?」思わず声が漏れた。
彼は後ずさりしようとしたが、すぐに背後を振り返った。
誰もいない。
しかし、再び鏡に目を向けると、その女性の影は一歩、また一歩と近づいてきている。
恐怖で体が硬直し、健二は逃げ出したい衝動に駆られた。
逃げようとした健二は、後ろにあった木の柱に激突してしまう。
その拍子に、強い衝撃を受けて静寂を破り、周囲の空気が一瞬変わった。
再び鏡を見てしまうと、今度はその女性が直視してきた。
鏡の中で彼女の目が自分を捉え、逃げられないことを理解した。
その瞬間、彼は自分の心の奥に潜む恐怖を感じた。
自分が逃げたかった理由は、ただこの寺にまつわる噂だった。
「この寺には、かつて消えた女性の魂がいる」と。
彼女は、自らの存在を確かめるために、人々を鏡に引き寄せようとしていたのだ。
これまでに何人が彼女のもとに行き、帰ってこなかったのか、思い出させるようにその視線は圧迫していた。
「私と一緒に…」鏡越しに、彼女の声が響いた。
健二は無意識にその声に惹かれ、後ろから押されるように感じた。
彼女の手も近づいてくる感覚があり、健二は恐怖を抑えきれず、逃げることしか考えられなかった。
腸がひきつるような恐怖の中、健二は一も二もなくお堂を後にした。
その瞬間、背後から女の影が迫ってくる感覚を背中で感じながら、急いで寺の外へと走り出た。
心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動し、冷たい汗が額を流れる。
寺の外に出たとき、安堵と恐怖が入り混じる思いだった。
だが、振り返ると、寺の入り口には何もなかった。
しかし、心の奥底には、彼女の存在がちらついていた。
そして彼は二度とあの寺には戻らないと心に誓ったが、その影は決して彼から離れることはなかった。