ある静かな夜、東京の郊外にある古びたアパートで、佐藤健一は不気味な噂を耳にした。
「れ」と呼ばれる昔の心霊現象がこのアパートの一室に出るというのだ。
探検好きな健一は興味をそそられ、友人の村上と共に冒険に出ることにした。
二人は深夜、アパートの一階のエレベーターを使わず階段を使い、薄暗い廊下を進んだ。
空気は湿っぽく、どこか重たい。
扉の前に立つと、ふと健一は背筋に寒気を感じた。
しかし、気のせいだと自分を納得させ、二人でドアを叩く。
すると、静かな音の後に微かに「はい」と囁くような声が聞こえてきた。
目を見合わせた二人は、不安ながらもドアを開け、中に入った。
室内は暗く、薄明かりの中に古い家具が散乱していた。
その時、村上が突然、骨の折れるような痛みを感じる。
「背中が!何かが刺さった!」と叫ぶ。
健一は驚いて村上の背中を見るが、何も見当たらず、村上は冷や汗をかいていた。
健一は村上を落ち着かせようとしたが、彼の心の中に忍び寄る恐怖を感じた。
「ここ、やっぱりおかしい」と健一はつぶやいた。
二人は部屋の奥へと進むことにした。
その先には古い鏡があり、その前に立つと、健一はふと自分の姿が反射しているのに気づく。
同時に、鏡の中の自分が微笑む。
だが、周囲では村上の声が聞こえなくなり、焦りが募る。
「村上?どこにいるの?」健一は叫んだ。
しかし、返事はなかった。
彼は急いで鏡に近づき、自らの反映を見つめた。
その瞬間、鏡の中から何かが飛び出して、健一の肩をつかまえた。
それは異形の影で、陰鬱な声で「お前もここに留まれ」と囁いた。
健一は恐怖に駆られ、必死でその影から逃げようとしたが、足は動かない。
周囲がぐるりと回り出し、耳が痛いほどの叫び声が響き渡る。
彼は何とかその場から逃げ出すことに成功し、居間に戻ろうとしたが、村上の姿はどこにもなかった。
必死で探すも結局見つからず、部屋を出るとドアが音を立てて閉まった。
恐怖で心拍が早くなる。
その瞬間、「れ」の声が再び響いた。
「彼はもう帰らない」。
健一は背後を振り向くと、鏡の中に映った村上の顔が苦しそうに映っていた。
真実が次第に明らかになった。
アパートで今も繰り返される「れ」は、過去の住人が体験した恐怖と共に人々を閉じ込めてしまう現象だった。
失われた友の無念と共に、アパートには多くの者が苦しんでいたのだ。
膨れ上がる恐怖に、健一は逃げる決心をする。
「このままここにいたら、私も二度と帰れない」と思い、部屋を飛び出した。
階段を駆け上がり、外へと出ると、朝日が明るく照らしていた。
振り返ると、アパートは静かに見守っているかのように佇んでいた。
しかし、心の中の恐怖は消えなかった。
村上の運命は、彼に深い影を落とし続けていた。
そして、アパートの中に隠された秘密は、これからも生き続けるだろう。
健一はそのことをいまだに忘れることができずにいた。
彼は二度と戻ることはないと誓ったが、時折何かに背中を押されているように感じることがあった。