「鏡の中の囁き」

ある静かな夜、大学生の明(あきら)は友人たちと肝試しに出かけることになった。
行き先は、近郊にある廃屋だ。
噂によると、その屋敷にはいくつかの不気味な現象が起こるらしい。
特に、吸血鬼の伝説が残る家だという。
明たちは最初は笑いながら、その話を軽視していたが、屋敷の扉をくぐるたびに、段々と不安が心の中に広がっていった。

廃屋の内部は、薄暗く、かび臭い空気が漂っていた。
壁には黒ずんだ水滴が何度も流れた形跡があり、長い間ほこりに覆われた家具が不気味に陰を落としている。
明は友人たちと手をつなぎながら、足音を響かせないようにそっと進んでいった。
彼がふと立ち止まり、周囲を見回すと、遠くからかすかに聞こえる囁き声に気づいた。
まるで、屋敷の奥底から誰かが彼を呼んでいるようだった。

その声に導かれるように、明は一人で奥の部屋へと進んでいく。
扉を開けると、そこには昔のままのつるつるとした床と、白いカーテンが揺れていた。
部屋の中央にある大きな鏡に目をやると、自分の姿が映し出されている。
しかし、何かが違った。
鏡の中での自分は、どこか清らかに、まるで生気に満ちているように見えた。
その時、思わず彼は立ち尽くす。
鏡の奥に、薄暗い影が見え隠れしているのだ。

明は目を凝らし、しばらくその影を見つめていた。
すると、影がだんだんと形を取り、白いドレスを着た女性の姿が浮かび上がった。
その女性は、どこか悲しそうな表情を浮かべ、彼に向かって嗚咽のような声を上げた。
「遠くから来たのね…。私を助けて…。」

恐怖心と好奇心が交錯する中、明は女性に近づいて声をかけた。
「どうしたんですか?あなたは誰なんですか?」その瞬間、女性の目つきが変わり、強い吸引するような力が彼を引き寄せた。
彼は自分の意志を持たずに、徐々に女性に近づいていく。

「私はここに閉じ込められた…」彼女はそのまま明を見つめ、言葉を続けた。
「あなたの力が必要なの…。私をこの身から解放して…。その代わり、私はあなたに全てを与える。」

明は恐怖のあまり身体が震えたが、彼の内に秘められた強い好奇心が彼を支配する。
「どうやって解放すればいいのですか?」彼は崇高な使命感に似た何かを感じ、素直に聞いてしまった。

「私を生贄として捧げて…。」女性の声が響く。
「あなたの清らかな血を…。」

その瞬間、明は急に冷たい汗が全身を流れ落ちるのを感じた。
目の前の女性の影は、吸血鬼の象徴であるかのように、彼を獲物として狙っていた。
思わず身をよじり、後退ろうとするが、彼の身体は言うことを聞かない。
「イヤだ!離してくれ!」

明は必死に逃げ出そうと試みるが、その影の女性は彼を酔わせるような力で捕らえ、引き寄せていく。
「私を助けるなら、あなたの血が必要なの…。それが清めの儀式…。」

最終的に、明は恐れと欲望に満ちた気持ちに押しつぶされそうになりながら、ついに他の友人たちに助けを求めるために振り返った。
彼の姿はすでに鏡の中に映る自分と同化し、吸い取られていく。
明の心の奥で、彼は自分が選ばれた者であることを理解した。

その夜、廃屋に来た友人たちは、明の姿を見つけることなく、その場を立ち去った。
廃屋は再び静寂に包まれ、吸い取られた清らかな血は、影の女性をこの世に留めるためのひとつの犠牲となり、暗闇の中に消えた。

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