「鏡の中の囁き」

鏡が置かれた部屋は、どこか薄暗く、じっと見るだけで背筋が凍るような気配が漂っていた。
その鏡は古いもので、尻尾のように絡まった模様があちこちに見え、時折、微かに揺れるように感じられた。
何か秘密を抱えているかのようだ。
そこに住むのは、佐藤美咲という若い女性だった。
彼女は一人暮らしをしており、日常のストレスから逃れるために、時折この部屋で心の平穏を求めていた。

ある晩、美咲はふと鏡に目をやった。
何気なく見るつもりだったが、鏡の中に自分以外の何かが映っているような気がした。
ちらりと見たその影は、確かに人の姿だった。
驚いて顔を近づけると、姿は消えてしまった。
しかし、美咲の胸には何か棘のようなものが刺さった。
心の底で「何かがいる」と訴えていた。

それからというもの、美咲の周りでは奇妙な現象が続いた。
部屋の中で物が動いている気配を感じたり、鏡の前に立つと冷たい風が吹き抜けるような感覚があった。
しかし、特に気になったのは、鏡の中で、彼女の背後を向くと、いつも誰かが微笑んでいることだった。
その存在は、美咲が一度も見たことがない女性で、白い着物を着ていた。
彼女には心の奥底に秘めた何かがあるように思えた。

ある晩、美咲は意を決してその女性に向かって問いかけた。
「あなたは誰?どうして私の前に現れるの?」すると、うっすらと映るその女性は静かに美咲を見つめ返した。
美咲はその目に自分の記憶が映り込んでいるように感じた。
もしかすると彼女は、何かを求めているのかもしれない。

夢の中にその女性が現れ、美咲に告げた。
「私を探して。」彼女の声は耳元で響き、その言葉が心の中で反響した。
美咲は夢の中で、彼女が持っていた何かが、自分と深い関係にあることを理解した。
しかし、現実の世界では、何を探すべきか分からなかった。

美咲は鏡の前で思索を繰り返し「もしかすると、私の過去に関係があるのではないか」と気付いた。
彼女の家族は何代にもわたってこの家に住んでおり、何か秘密を抱えているようだった。
彼女は祖母から受け継がれた古い日記を引っ張り出し、その中にあった家系図を調べ始めた。

日記のページをめくるうち、ある名前が目に留まった。
それは、曾祖母の名前だ。
犠牲となった事故の後、彼女の姿は家族の中で語られることなく、まるで忘れ去られた存在のようだった。
その瞬間、美咲は気付いた。
あの女性こそが、彼女の曾祖母であり、その思いが深い苦しみとなっているのではないか。

彼女は再び鏡の前に立ち、深く呼吸を整えた。
「私はあなたを忘れない」と心の中で誓った。
その時、鏡の中の女性が微笑み、冷たい風が一瞬目の前を通り過ぎた。
美咲はその瞬間、何かが彼女の内側で変わるのを感じた。
感謝の気持ちが湧き上がり、彼女はふと涙を流した。

その後、鏡の中の女性は美咲に振り向くことはなくなった。
しかし、彼女の存在感は消えず、美咲は時々、彼女の微笑みを感じることができた。
たとえそれがどんなに小さな影であったとしても、忘れ去られた存在が自分の中に生き続けていることを実感し、彼女はその声を胸に秘めながら、日常を歩み続けるのだった。
鏡はただの道具ではなく、彼女たちの繋がりが映し出される場所なのだと気付いたのだ。

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