かつて、静かな山間に佇む古びた館がありました。
その館は、周囲の自然と調和した美しい風貌を持っていましたが、近隣の人々からは決して近づいてはいけない場所として知られていました。
ある日、若いカメラマンの佐藤陽介は、この館の噂を聞きつけ、特別な写真集を作るために、その館を訪れることにしました。
陽介は、昼間の明るい日差しの中で、館の外観を撮影しながら徐々に中へと足を踏み入れました。
館の中は意外にも整然としていましたが、どこか異様な静けさが漂っていました。
彼は、薄暗い廊下を歩きながら、古い壁に飾られた肖像画に目をやりました。
それは、まるで彼を見つめているかのように感じましたが、無視して先に進むことにしました。
陽介は、二階の部屋に入ると、そこが過去の住人たちの居間だったことをすぐに理解しました。
家具は埃をかぶり、長い間使われていないことが伺えました。
しかし、彼がカメラを構えてシャッターを切った瞬間、背後から冷たい風が吹き抜け、彼の首筋を撫でました。
驚いた陽介は、振り返りましたが、誰もいない静けさが返ってきました。
それでも彼は、貴重なショットを撮るために撮影を続けることにしました。
何度かカメラのシャッターを切るうちに、彼は部屋の奥にある大きな鏡が気になり始めました。
鏡の表面は曇り、何かが映っているかのように感じました。
好奇心に駆られた陽介は、鏡に近づき、顔を近づけてみました。
その瞬間、陽介の視界は一瞬揺らぎ、鏡の中に別の世界が現われました。
そこには、館の住人と思しき女性が映っていました。
彼女は着物を着ていて、悲しげな表情を浮かべていました。
陽介は思わず声を上げましたが、声は鏡の中の女性には届かないようでした。
彼は急に不安を感じ、館を後にすることにしました。
しかし、廊下を進むにつれて、何かが彼を引き止める感覚がありました。
後ろを振り返ると、あの女性が追いかけてくるように鏡の中で手を伸ばしていました。
まるで「ここに留まれ」と言っているかのようでした。
心臓が高鳴る中、陽介は必死に一階へと降りていきました。
しかし、廊下の先に現れたのは、あの女性の姿でした。
彼女はただ立っているだけで、何も言わずに彼を見つめていました。
陽介は恐怖に駆られ、一目散に外へ飛び出しました。
外の明るい光が彼を包み込み、初めて安堵の息をつくことができました。
しかし、何かが彼の心に引っかかりました。
帰路につく途中、陽介は再び館の方を振り返りましたが、そこには何もありませんでした。
ただ、静寂が広がっているだけでした。
それから彼は、もう一度館に戻ってみることができる日が来るのか、自分にはその勇気がないと感じるのでした。
館は、ただの建物ではなく、彼の心に深く刻まれた記憶になりました。
陽介は、その後ずっと夢の中であの女性と邂逅し続けるのです。
彼女は、孤独でありながら、何かを求めているようでした。
それは、彼が出会った世界からの“の”引き戻しのようにも感じました。
彼女が望んでいるのは、もしかしたら彼自身の存在だったのかもしれません。
“わ”が意味するものは何か、陽介はその答えを探し続けることになるのです。
館の影は、彼の中で生き続けました。