彼の名前は健太。
健太は大学の友人である隆と共に、錆びた廃工場を探検することに決めた。
古びた廃工場は、町の外れにあり、地元では禁忌の場所とされていた。
過去、この工場で働いていた人々が、不可解な事故を次々と起こし、最後には全ての従業員が行方不明になったという噂が絶えなかった。
「行く前に、ちゃんと準備した方がいいよな?」と隆は少し不安そうに言った。
だが、健太は興味と好奇心から、この廃工場に強烈に引き寄せられていた。
同時に、彼の心には一つの思いが存在していた。
彼は、希望に満ちた明るい未来を持ちながらも、心のどこかでその未来が消え失せることへの恐れを感じていたのだ。
日が暮れ、二人は廃工場の前に立った。
夕暮れの光が、工場の錆びた鉄骨を不気味に照らしていた。
その光景はまるで、失われた時間の残骸のように見えた。
工場の中に入ると、かつての栄華を感じさせる機械や工具が散乱していた。
健太は、「古いものには、必ず理由があるんだから」と自分に言い聞かせながら、探検を始めた。
工場の奥へ進むにつれ、周囲はしんと静まり返り、まるで空気が薄くなっていくような感覚を覚えた。
「こんなところ、何かおかしいぞ」と隆は覗き込むように言った。
その瞬間、健太の視界の端で何かが動いた。
振り返ると、薄暗い角に古びた封筒が落ちているのを見つけた。
健太は興味を持ち、その封筒を拾い上げた。
表面にはかすれた文字で「ここを封じよ」と書かれていた。
「なんだこれ…」健太は不安に思いながらも、封筒を開けた。
中には朽ちた紙が一枚だけ入っていた。
しかし、その文字が読み取れないほどに、しわくちゃになっていた。
何か不気味な空気が流れ、思わず胸がザワザワとした。
「おい、健太。あんまそんなの触るな」と隆は警告したが、健太は気づかずにその紙を手にしていた。
急に、廃工場の中がぐらぐらと揺れ始めた。
驚く壮大な音と共に、工場の奥から露出した鉄筋が不気味に響く。
隆が健太の肩を掴み、「逃げよう、今すぐに!」と叫んだ。
その瞬間、健太の視界が変わり、目の前の景色が溶けるように消えていくのを感じた。
まるで彼が触れた封筒の文字が、何かを解き放ってしまったかのようだった。
「健太!早く!」隆は必死に出口へと走った。
だが、その瞬間、健太の体がどんどん重くなり、動けなくなってしまった。
廃工場の壁が彼を封じ込め、まるで彼を飲み込もうとしているかのようだった。
「助けて…」その言葉は彼の口から自然に漏れた。
しかし、周囲の空気はさらに冷たくなり、彼の声は消えてしまった。
目の前に立っていた隆の姿も、徐々にぼやけていく。
「健太!」と隆の声が響く。
その声を最後に、彼は完全に暗闇の中へと消え失せた。
全てが暗闇に包まれた中、健太の心には不安と恐怖が広がり続け、同時に何か安らぎを求める感覚が押し寄せた。
その後、隆は必死で工場を出たが、彼の後ろにいた健太の姿はどこにもなかった。
自分が愛していたはずの友人が、驚くべき理由でこの世から消えてしまった事実を理解するには、幾分の時間が必要だった。
錆びた廃工場には、今もなお何かが封じられているのだろうか。
健太の存在は、まるで彼が消えたことの証明のように、工場の中で息づいているのかもしれない。
時折、太陽が沈む際に、工場の中から誰かの声が聞こえた気がした。
次第に、彼を思い続ける隆もまた、自身がその場所に縛られる存在になるのではないかと感じ始めていた。