「錆びた舞台の手」

それは錆びついた古い劇場の話だ。
週末の夜、大学の演劇部のメンバーが集まり、廃墟と化したその劇場で舞台稽古をすることになった。
学生たちは肝試しと称して、この場所を選んだ。
しかし、その胸の内には、未知の恐怖が潜んでいた。

彼らが役に合わせて立ち位置を決めていると、錆びたステージの向こうで、何かが動いた気配がした。
気のせいだろうと、とりあえず気にせずに稽古を続けることにした。
しかし、その不安は徐々に彼らの心に影を落とし、誰もが笑顔を無理に作った。
そこで、部員の中でも明るい性格の大輔が、冗談を言い始めた。
「この劇場、呪われてるらしいぜ〜。手ぇが出てきて捕まるってさ!」皆はそれに軽い笑いを返したが、誰もが心のどこかで揺らいでいた。

稽古が進む中、不意に舞台の隅から「パチリ」という音がした。
それは確かに誰かが叩く音のようだった。
最初は演出の一部だと思っていたが、すぐにメンバーの表情が硬くなり始めた。
そして、その瞬間、すぐそこに人の手が現れるのを見たのだ。

その手は、しわくちゃで黒ずみ、錆びた金属のように光っていた。
恐怖で身がすくむ中、突然その手が舞台の下から出てきたのだ。
部員たちは絶叫し、皆ばらばらに逃げ出した。
大輔だけが何故か奮い立って、立ち尽くし、その手をじっと見つめていた。
彼の心の中で奇妙な衝動が湧き上がってきたのだ。
「手が何かを求めている…」そう思った瞬間、手は彼のもとへゆっくりと伸びてきた。

その日の夜、劇場の外に出たメンバーは、怯えながらも翌日の稽古を決行することにした。
しかし、大輔は現れなかった。
彼は何を思ったのか、今も舞台に縛られたままなのか。
皆は心のどこかで何が起こったのか知りたかったが、誰も聞こうとはしなかった。
夜が訪れた。
メンバー全員が再び劇場に集まる。
この時間に再度稽古することが果たしてよいのか、疑念が彼らの中に渦巻いていた。

舞台の上には、まだ大輔の存在があったのだ。
その手は、彼の心を取り込もうとしている。
その手に魅入られているかのように、大輔は目を光らせていた。
彼は笑いかけるように手を差し伸べ、舞台の真ん中ですべてを受け入れる準備が整った。
周囲を見回すと、他の部員たちは恐れおののき、逃げ出したくてたまらなかった。

そして、再びその手は音を立てながら、舞台の上へと戻っていく。
そこに立つ大輔の顔は、もはや彼自身ではなかった。
彼はその手に完全に取り込まれ、美しい笑顔の影に醜い憎しみを隠していたのだった。
周りの人々を見つめる彼の目は、どこか冷たく、彼の中に宿った新たな存在に支配されていたかのようだ。

稽古が終わり、皆が劇場を後にする際、大輔の姿がちらりと見えた。
ふとその手を触れた瞬間、彼の身体が痛みを伴いながら舞台から引き戻された。
彼は遥か昔、舞台で名を馳せた女優の忘れられた想いの宿り木に成り下がったのだ。
そこからはもはや、かつての仲間の姿は見えず、ただ美しさの代わりに憎しみを抱えた者だけが残された。

その日から、劇場に足を踏み入れる者は皆、その手に引き寄せられ、無情にも舞台の上に残されていくのだった。
大輔の笑顔はみるみるうちに真紅の錆の中へと消えていく。
人々はただ恐怖に震え、その中には決して触れてはならない何かがいることを悟っていた。

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