「錆びた彫刻の囁き」

その村には、かつて栄えていた鉄工所があった。
だが、時が経つにつれ、その工場は錆に覆われ、今では廃墟と化していた。
鉄の錆は、静かに村の記憶を覆い隠し、誰も近づかない場所となっていた。
村の若者たちの噂によると、あの場所には壊れた過去の影響が残っているという。
特に、恋人たちのために製作されたあの美しい彫刻が未だにそこに眠っていると言われていた。

ある夏の晩、友人の宏樹、由美、和也の三人は、興味本位からその廃工場に足を踏み入れることにした。
月明かりの下で、錆びた鉄の扉を開けると、冷たい風が吹き抜けた。
彼らの中でも特に好奇心旺盛な宏樹は、「この工場に何があるか、一緒に確かめよう」と言った。

廃墟の中は静寂に包まれていた。
鉄の柱は錆にまみれ、地面にはガラス片や腐った木材が散乱している。
そのとき、由美が「ちょっと待って。何か聞こえない?」と呟いた。
彼女は耳を澄ませた。
聞こえるのは、微かに落ちる水滴の音と、時折、かすかなささやき声だった。

和也は不安を感じ、少し後ろに下がった。
「こんなところにいるの、やっぱりおかしいんじゃないか?」彼は真剣な顔で言った。
しかし、宏樹は楽し気に笑い、「面白い話のネタになるよ」と答える。

彼らは奥へ進んでいくと、目の前に大きな彫刻が現れた。
錆びた鉄の肌は、月明かりに映えて不気味な輝きを放っていた。
その彫刻は、愛し合う二人の姿を模しており、どことなく哀れで、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。

「これが噂の彫刻なんだ…」宏樹が感嘆の声を上げた瞬間、彫刻の周りで風が吹き荒れ、彼らは思わず身をすくめた。
不気味な感覚が彼らを包み込む。
由美は「私、ここから出よう」と言い出した。
だが、宏樹は「まだ何かがある。もう少しだけ見てみよう」と答えた。

その言葉を聞いた瞬間、和也はふと気づく。
先ほどのささやきが、彼の耳元で、「逃げて…」と聞こえたのだ。
「もう帰ろう」と和也が言った。
だが、宏樹はそのまま彫刻に近づこうとした。

「宏樹、やめて!」由美は叫び、宏樹の腕を掴もうとするが、その瞬間、彫刻の表面がぴかりと光を放ち、まるで何かがその中から解放されたかのように感じた。
彼らの視界が揺れ、気がつけば錆びた壁が崩れ始め、倉庫内の空気が重くなった。

すると、彫刻の中から一瞬、名前が浮かび上がる。
「和樹…由美…」その名前が繰り返し響き渡り、彼らの耳が痛む。
「この声は…レイジ?」宏樹が驚いて振り返ると、かつての自分の恋人の姿が、その彫刻の奥に見えた。
彼女は微笑み、彼を呼んでいる。
だが、その目には冷たさが宿っていた。

無意識に鉄の錆に手を伸ばす宏樹。
恐怖が入り混じり、彼を押し返したが、錆びた物体が何かを引き寄せようとしていた。
「みんな、逃げよう!」和也が叫ぶと、彼らは急いでその場から逃げ出した。

影は彼らを追いかけ、部屋の奥で大きな音を立てて壊れていく。
そして、外に出た瞬間、三人の背後で重いものが倒れ、ひどい音を立てると同時に、冷たい風が吹き抜けた。

村に戻った彼らは、振り返ることができなかった。
廃墟の中に何があったのか、彼らの心には恐怖として深く刻まれた。
特に宏樹は、自分の選択がもたらした結果を理解するには、まだ時間が必要だった。
その夜、彼は何度も夢にレイジの姿が現れ、名前を呼ばれるたびに、心の中にある未練がさらに深く根を張ってしまうことに気づくのだった。

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