錆びた鉄の匂いが漂う古い工場。
その建物は人々の記憶から忘れ去られ、無残に崩れかけていた。
ある日、裕樹という男は、廃墟探検の趣味からこの場所を訪れることに決めた。
彼は若い頃から心霊スポットを巡ることに興味があり、その工場もまた様々な噂の対象となっていた。
特に、死んだ作業員の霊がさまよっているという話が広まっていた。
工場の中は静まり返っており、薄暗い通路を歩く裕樹の足音だけが響いていた。
鋼鉄の柱や器具は錆びており、時間の流れをひしひしと感じさせた。
そのとき、裕樹はふと、壁に描かれた奇妙な線に気づいた。
まるで何かの儀式を示すかのように、無数の線が交差している。
彼は興味を引かれ、さらに近づいてみた。
その時、彼の頭の中に不気味な声が響いた。
「気をつけろ、近づくな…」裕樹は一瞬、身震いしたが、好奇心が勝り、その線を辿ることにした。
線は工場の奥へと続いており、彼はその先に何があるのか探りたくなった。
奥へ進むにつれ、空気が重く感じられ、周囲の温度が急に下がった。
裕樹の心臓は速く鼓動し始め、恐怖が彼の体を包み込んだ。
すると、突然耳元で「裕樹…裕樹…」と呼ぶ声が聞こえた。
振り返っても誰もいない。
彼は恐怖心を抑えながら、そのまま進むことにした。
ついに工場の一番奥へ辿り着くと、大きな機械が無造作に置かれていた。
その周りには、先ほどの線が幾何学的に描かれており、そこに異様な装飾が施されていた。
裕樹は不安を感じながらも、その装飾の中に何かしらの秘密があるのではないかと考え、手を伸ばした。
その瞬間、目の前に一筋の光が現れた。
裕樹は目を凝らすと、そこに一人の男の霊が現れた。
その男は作業服を着ており、みるからに苦しんでいる様子だった。
「お前はもう戻れない…」と悲しげな声で語りかけてきた。
裕樹は恐怖に駆られ、後ずさりしたが、その足は動かなかった。
「ここは私たちの場所だ…」男は線を指さしながら言った。
その瞬間、周囲の空気が一変した。
錆びた金属の匂いが強まり、工場全体が異様な力を持ち始めた。
裕樹は押し寄せる恐怖に目を閉じ、必死に逃れようとしたが、身体がその場に鎖で縛られたように動けなかった。
裕樹はその時、自分が勢いよく現れた神経に引っ張られるような感覚を覚えた。
目の前にいる男の怨念が、彼の心に取り憑いていた。
裕樹はその男がかつてこの工場で死んだことを思い出し、彼が彼の存在を忘れ去られることを恐れていたのだと理解した。
「私を忘れるな…」と男は最期の力を振り絞り、裕樹に何かを伝えようとした。
裕樹は彼の涙を見て、心に深い悲しみが染み込んでいった。
「ごめんなさい、忘れられてしまったのですね…私があなたのことを思い出します…」彼は意識を必死に戻し、その言葉を口にした。
すると、男の霊は静かに微笑み、裕樹の身体が開放された。
その瞬間、工場の空気が浄化されるように感じられ、周囲の霊たちも静まり返った。
裕樹は急いでその場から逃げ出し、外の空気に触れると、ようやく自由な身体を取り戻した。
彼は二度とその工場には近づかず、記憶として彼の心に男のことを刻むことになった。
その日以来、裕樹は亡霊たちのことを忘れないように、心に誓ったのだった。
