ある古びた町の端に、かつて栄えていたが今はひっそりと錆びついた工場が立っていた。
その工場の敷地内には、一本の大きな木が根を張っていた。
誰も近づかないその木は、以前は美しい緑を湛えていたが、今では枯れたように見えた。
その木の隣には、不思議と気ままにすり寄ってくる一匹の猫がいた。
猫の名前はタマ。
彼女は町の住民に愛されている存在だったが、実は工場の木の周りに来ることが多い特異な猫だった。
タマは、毎晩のように工場の周りを徘徊していると、ある晩、いつもと違う空気を感じた。
風が木を揺らし、微かな声が聞こえてくる。
「タマ……」その声は猫に呼びかけるように響き、タマは一瞬振り返った。
誰もいないはずのその場所で、まるで誰かに導かれているかのように、彼女は木のそばに近づいていった。
木の幹には、錆びた金属のフレームが絡みついていた。
その金属のフレームは、工場の古い機械の一部で、どこか懐かしさを感じさせるものだった。
しかし、タマの目が引きつけられたのは、その木の根元にある、何か黒いものだった。
近づいて見ると、それは朽ち果てた人形だった。
人形は古びた着物を身にまとい、無表情な顔が猫を見つめ返していた。
何か異様な雰囲気に包まれたタマは、少し後ずさりした。
その瞬間、何かが背後から迫ってくる気配を感じた。
振り向くと、白い影が木の横に立っているのが見えた。
目が合った瞬間、その影が口を開き、「私を助けて……」と囁くのだった。
タマはその影を見つめた。
姿は白く、顔はぼんやりとして無表情だったが、彼女は感じていた。
この影には何か哀しみが残っていることを。
タマは影に向けて一歩近づくと、不思議と心の奥に強い共鳴があり、影が少しずつ形を成していった。
まるで長い間忘れられていた何かが、今ここで蘇りつつあるようだった。
「私の名は米子。ここに縛られているの……」影が声を続ける。
タマはその名前を聞いて、何か思い出した。
米子という名は、かつてここで働いていた女性の名前だった。
彼女は、工場の事故で命を落としたという噂があった。
それが真実であるなら、米子の魂は今もこの場所に囚われているのだ。
「どうすれば、あなたを助けられるの?」タマは思わず聞いてしまった。
米子は静かに答えた。
「私がこの木の下に埋まっているものを見つけてほしい…それが私を解放する鍵なの」と。
タマは決意を固め、木の根元に掘り進むことにした。
その瞬間、周囲がどんどん暗くなり、木が不気味に揺れ始めた。
タマの手は泥にまみれ、掘ることに必死になりながら、心の中で声が響いていた。
「早く、急いで!」
しばらく掘っていると、硬い何かに当たった。
タマは力を込めて掘り進めると、ついに土の中から金属の箱が現れた。
開けてみると、中には古い写真や手紙が詰まっていた。
それは明らかに米子のもので、彼女の思い出がさまざまな形で詰め込まれていた。
タマはその箱を米子に差し出した。
「これです、あなたのものですよ。」すると、米子の表情が柔らかくなり、まるで嬉し涙を流しているように見えた。
「ありがとう……これで私は解放されるわ。」その瞬間、木は大きく揺れ、錆びた幹から光が放たれた。
一瞬の静けさの後、米子の姿はふわりと浮かび上がり、空へと消えていった。
タマはただその光景を見守り、安堵の気持ちが広がっていった。
物静かな夜に、猫と木の間に流れる新たな風が心を満たしていた。
その晩以来、タマはもう工場に行くことはなくなった。
しかし、その場所には新たな息吹が生まれ、昔の思い出が優しい光に包まれながら、静かに眠っていた。
町の人々は、その流れを微かに感じ取ることができた。
彼らはタマの優れた嗅覚を借り、米子の存在を忘れないようにすることで、いつまでもその思い出を大切にすることができた。