探は昼間の喧騒から逃れるため、静かな山奥にある古びた神社を訪れることにした。
長いこと人が訪れないその神社は、周囲の木々に囲まれ、ひっそりとした雰囲気が漂っている。
周囲の静けさが心地よく、探は自分が忘れていた何かを取り戻すような気持ちになった。
神社に足を踏み入れると、空気がひんやりと変わった。
暑さに晒されて辟易していた身体が、少しずつ冷気を吸い込んでいく。
探は手を合わせてみるが、無宗教な彼には特別な感情は湧かなかった。
そのまま社の裏手へと進み、 moss に覆われた石の小道を歩きながら、何かの思い出がよみがえりそうな気配を感じていた。
と、その瞬間、彼の周りに鈴の音が響いた。
音の出どころを探し回るが、誰も見当たらない。
疑念が胸をよぎる。
しかし、その不気味さよりも好奇心が勝り、探は音のする方へと向かうことにした。
音は次第に近づいてくる。
ふと、背後から冷たいものが触れる感覚がした。
自分の肌に何かが触れたのだ。
驚いて振り返るが、周囲には誰もいない。
探は「あれは何だったのか」と心の中で自問自答する。
神社の奥深くに入るにつれて、鈴の音はますます大きくなり、同時に不気味な沈黙が支配する。
さすがに不安を感じ始めた彼は、もう帰ろうと決意したが、その足は重く、一歩も動かせない。
まるで誰かに呼ばれているかのようだった。
音は次第に止まり、静寂が訪れる。
探は静まり返った空間に耳を澄ませた。
すると、かすかに「助けて」という声が響いてきた。
その声は周囲の木々の間に埋もれているようで、どこから発せられているのかわからない。
声の調子には力がなく、絶望的な響きを持っていた。
探はどうしてもその声の正体を知りたくなり、さらに奥へと踏み込むことにした。
進むにつれて、薄暗さが増していく。
見えない何かに見られている気配がする。
ふと、手首に冷たい感覚が走った。
驚いて振り返ると、そこにはみすぼらしい服を着た少女が立っていた。
彼女の目は悲しみに満ちているが、同時に探を見つめるその表情には何か執着が感じられた。
無言で少女が自分を指差すと、探は恐怖に駆られ、その場から逃げ出そうとした。
しかし、足がすくんで動けない。
「助けて…」
彼女は小さな声で繰り返した。
触れた冷気が自分の肌を包み込む。
探の胸に不安が渦巻く。
少女は悲しげに目を閉じ、静かに涙を流している。
何もできずにいる自分に苛立ちを感じながら、彼の心には一つの疑問が生まれた。
彼女は何を助けてほしいのか。
探は少女に高まる疑念をぶつけた。
「あなたを助けたい。でも、どうすればいいの?」
少女は静かに頷いた。
その瞬間、周囲の空気が一変し、探は目の前の光景に目を見張った。
目の前にはかつて、この神社で祭りが行われていた頃の光景が広がっていた。
彼女が過去に囚われていることを初めて理解した。
それは、生きていることができなかった苦しい魂の叫びだった。
「私の名は由紀。助けて…私を解放してほしい」と彼女はつぶやいた。
探は心を揺さぶられる感覚を受けながら、その言葉を受け入れた。
彼女の過去を知り、彼女の存在を忘れないように努力することが、彼女を解放することにつながるのではないかと思った。
「私があなたのことを忘れない限り、あなたは決してこの場所に閉じ込められない」と探は誓った。
その瞬間、由紀の姿が徐々に薄れていき、彼女の微笑みが探の心を包み込んだ。
音の消えた暗い森に、彼は一人立ち尽くしていた。
その場から相手を意識しながら、自分の言った言葉を信じ、ようやく一歩動き出すことができた。
探はこの出来事を忘れることなく、由紀のことを語り継ぐ決意を固めた。
彼女の悲しみが二度と同じような悲劇を生まないために。
彼の背後には、凍るような冷気が漂っていたが、その心には何か光が宿るようになっていた。