ある日の午後、高校生の佐藤は体力測定の日を迎えた。
クラスメートたちが楽しそうに話している中、彼は特に目立たない存在だった。
運動が得意ではない彼は、周囲に笑われることを恐れ、心の中で不安を抱えていた。
測定の最初は、体重を計ることだった。
これが終わると、次は握力や長座体前屈、そして最後に3000メートル走と続く。
順番待ちをしていると、視線の先に高橋というクラスメートがいた。
彼はいつも自信満々で、笑顔を絶やさない人気者だった。
佐藤は彼を羨ましく思いながら、次の順番が来るのを待った。
自分の番が来たとき、佐藤は緊張して体重計に乗った。
目の前の数字が表示される。
彼は自分の体重を見てしまい、驚愕した。
それは予想以上に重かった。
周りの友人たちもその数字を見て、ざわつき始めた。
「おい、佐藤、本当にこの体重か?」と、笑い声が響く。
彼の心は不安から絶望へと変わっていった。
周囲の声が耳に入らず、ただ自分の体が重く感じられ、叫びたくなるほどの恥ずかしさが押し寄せた。
測定が終わると、彼は教室を飛び出し、走り去った。
途中、体育館の裏手にある古びた倉庫に逃げ込んだ。
その倉庫の中は薄暗く、埃が舞っていた。
誰も入らない場所だが、彼は一人静かに自分の体を見つめ直すことにした。
鏡がかかっている壁に映る自分の姿を見つめながら、彼は自分の体が重く、見窄らしいものに思えた。
心の中で何かが満ちていく。
自己嫌悪が彼の心を支配し、暗い感情が広がっていく。
その時、彼の背後で何かがざわめく音がした。
振り返ると、そこで見たのは、思いもしない光景だった。
倉庫の奥から、数人の影が浮かび上がっていた。
彼らはまるで身体の一部分だけが不自然に動くように、輪になり、彼に向かってゆっくり近づいてきた。
恐怖に駆られた佐藤は、身動きもできずに立ち尽くした。
その影たちは、他の誰でもない、かつての同級生たちだった。
彼は何が起こっているのかわからず、ただ混乱した。
「私たちの体、計算されてるのよ」と、一人の女の子が近づいてきて囁いた。
その言葉が彼の脳裏に渦巻く。
彼らの影は、身を寄せ合い、どんどん大きくなっていく。
恐れおののきながらも彼は、「何をしたいんだ!? 近づくな!」と叫んだ。
しかし、その声は周囲の静寂に吸い込まれてしまった。
「り、り、あなたが望んだんでしょう、私たちと同じ状態に」と、今度は高橋が声を上げた。
彼の声はどこか冷やかで、まぬけな笑いを含んでいた。
佐藤の胸が締め付けられた。
これが自分の運命なのか?
そして、影たちは輪になり、彼の周りを取り囲んだ。
彼はまるでその輪に引き込まれるかのように、震えて立ち尽くしていた。
次第に、自分の体が軽くなっていくのを感じた。
今までの重さが消えていく。
恥ずかしさや不安から解放される感覚が広がったものの、心の奥に残る恐怖は募る一方だった。
その瞬間、彼は理解した。
彼自身が彼らの一部になったのだ。
彼が持っていた体が、全ての感情を受け入れるものとして機能している。
かつての彼を含む輪の一部分として。
姿は変わりはしないが、彼の心はその影たちと共鳴し、仮面を被ったような存在になっていった。
「もう大丈夫だよ、佐藤。あなたの体は存在している。自分を受け入れなさい」と、女の子の声が囁く。
彼は目を閉じ、その言葉に従うことにした。
自分を受け入れるための一歩、暗がりの中でそれを見つけることができるのかもしれない。
すると、静かだった倉庫の中に光が差し込み、影たちは一瞬霧散した。
再び目を開けた佐藤は、明るい外の世界に戻っていた。
彼は自分の体を見て、気がつくと、重さは消え去っていた。
そして、彼は初めて自分の中に一つの輪ができていることに気づいた。
もう二度と、体重を気にする必要はないのだ。