町の片隅にひっそりと佇む古びた酒屋。
外観はずいぶんと傷んでいて、誰も足を踏み入れないような雰囲気を醸し出していた。
しかし、ある晩、吸という名の若者はその酒屋の前で足を止めた。
彼はその日に限って、何故かこの店から漂う不思議な香りに惹かれていた。
吸は思い切って店の中へと足を踏み入れた。
薄暗い店内には、古い酒瓶が並んでいるだけでなく、どこか異様な静けさが支配していた。
しかし、吸の心の中には、何か特別なものが待っているような期待感があった。
「いらっしゃいませ。」突然、酒屋の奥から声がした。
そこには、痩せた中年の男が立っていた。
彼の目はどこか虚ろで、しかし吸をじっと見つめていた。
吸はそのまま彼のもとへと近づき、いくつかの酒を頼むと、男は無言で酒をついだ。
酒が運ばれた瞬間、吸はふと不安を覚えた。
男の視線が冷たく感じ、何か秘密を抱えているような気がしたからだ。
それでも好奇心に駆られ、お酒をひと口飲んでみた。
だが、その一口が吸の運命を大きく変えることになるとは、彼はまだ知らなかった。
飲み干した瞬間、彼の視界がぼやけ、体が軽くなる。
まるで意識が他の次元に引きずり込まれるかのように感じた。
気がつくと、目の前にはかつての町の姿が広がっていた。
しかし、どこか様子がおかしい。
人々はちらほらと見えるが、彼らは生きているはずなのに、目が虚ろで、笑みも無い。
まるで命を失ったかのような雰囲気だった。
吸は、その異常な光景に背筋が凍りついた。
彼は一歩後退り、その場を離れようとしたが、身体が動かなかった。
焦りが募る中で、彼はようやく思い出した。
「この酒屋には、吸い取るものがあるんじゃないのか…?」
その瞬間、彼の視界の隅にあの男が現れた。
吸に向かって微笑んでいるが、その笑顔はどこか不気味で、恐怖を煽るものであった。
「今、あなたの命の一部をいただきました。」男はそう告げた。
「この町の民は、私の酒が与える力で生きています。あなたもこの町の一部になるのです。」
吸は絶望的な気持ちに襲われた。
町の人々が命を吸い取られ、あるいはその一部をシェアして生きていたということに気づいてしまった。
そして、次第に彼もまた、周りの人々と同じように虚ろな目をし、その瞬間を受け入れるように感じ始めた。
「命は循環するのです。与え、受け取る。それが酒と同じように、終わりのないサイクルなのです。」男の声が耳に残った。
その言葉は吸の心に深く刻まれ、彼自身がその町に飲み込まれていく感覚がした。
吸はもがくようにもがいたが、ついにその町と一体化していく自分を感じた。
彼は待ち続ける存在になり、やがて新たな訪問者を迎える酒屋の一部となる。
その日以降、町はさらに不気味さを増していった。
その酒屋では、誰かが立ち寄るたびに、また一人の命が奪われ、月日が経つにつれて、酒屋の静けさがより一層深まっていくのだった。
訪れる人々は、一口の酒を楽しむこともぬかりないが、いつの間にか自らの命の一部を吸い取られることに気づかぬまま、ただ静かに町の一員となっていくのであった。