ある夜、東京都内の古びたアパートに住む河野直樹は、友人たちと一緒に心霊スポットを訪れることを決めた。
彼らが選んだのは、かつて多くの人が住んでいたが、今は誰も寄り付かないという噂のアパートだった。
そのアパートは、住人たちが不思議な失踪を遂げたことから「還るアパート」と呼ばれ、一部の人々には恐れられていた。
直樹は仲間の山田と佐藤と共に、興奮と少しの恐怖を胸に、深夜にそのアパートへと向かった。
足音が響く廊下を進むにつれ、周囲の静けさが異様に感じられた。
彼らの騒がしい会話も、まるで空気に吸い込まれてしまうかのようだった。
アパートの一室に入ると、壁にはかすかなひび割れがあり、かつての人の気配を感じさせた。
直樹はスマートフォンのライトを点け、薄暗い部屋を照らした。
だが、何かがいつもと違うことに直感的に気づいた。
彼は部屋の隅に目が行き、カーテンの奥からかすかに光るものが見えた。
「おい、あれ見てみろ!」佐藤が指をさした。
直樹はその光をさらに詳しく見るために近づいた。
そこで彼は信じられないものを目にした。
「目」だった。
それは赤い色をした、まるで生きているかのような目で、彼をじっと見つめていた。
恐怖に震えながらも、直樹は思わずその目に引き寄せられた。
周囲の友人たちの声が遠ざかり、まるで彼一人だけがその目の中に吸い込まれていくようだった。
その目は、彼に過去の記憶を見せるかのように、次々と色々な出来事を流し込んできた。
彼の目の前に現れたのは、失踪した住人たちの姿だった。
「この目は、私たちを還してくれる」と聞こえた声が直樹の頭の中に響いた。
その瞬間、彼は心の底からの恐怖を感じた。
彼は以前、そのアパートに住んでいた人々が、自らの過去を忘れて、永遠にその場所に囚われているという噂を耳にしたことがあった。
そして、その目は、その彼らの意志を受け継いでいるのではないかと思った。
直樹は一瞬の間に判断を迫られた。
視線を外して、友人たちに助けを求めるべきか、それともその目の世界に飛び込んでしまうのか。
彼は恐怖に引き裂かれるような思いで、どうすればよいか迷っていた。
「直樹、どうしたの?」山田の声が響く。
その時、何かが彼を引き戻した。
視線を外し、友人たちの顔を見つめると、まるでその目から逃げようとしているかのように、それぞれが不安げな表情を浮かべていた。
「帰ろう、ここは怖すぎる」と佐藤が言った。
しかし、直樹はその言葉を耳にしても、その目から逃げることができなかった。
彼の心は、過去の囚われた思いでいっぱいになり、次第にその魅力に取り込まれていく感覚を覚えた。
最後の瞬間、直樹は心を決めた。
「戻るのは限界だ。」彼はかすかな声で囁いた。
「ねえ、みんな。この目は何か教えてくれようとしている。私たちも、還らなければならないのかもしれない。」
「直樹、何言ってるんだ!」山田が叫んだが、その瞬間、直樹の体は光に包まれ、彼の意識は沈んでいった。
次に気がつくと、直樹は自分の体がそのアパートに存在しているのを感じた。
しかし、彼の目には、かつての友人たちの姿はなく、代わりに赤い目だけが彼を見つめていた。
彼はそれが自分のものになってしまったことを理解した。
「ここで還ってきたのは私だけではなかったのか…」そう思った瞬間、直樹もまた、その目の一部になってしまったのだった。
時は止まり、彼は永遠にそのアパートで待ち続ける運命を背負うことになった。
いったい、どれだけの時間が経ったのか。
新たな訪問者がやってくる度に、彼は彼らに囁く。
「ここは還る場所だ。どうか、あなたたちも。」