「還る町の影」

かつて、人々で賑わっていた小さな町があった。
しかし、時が経つにつれ、その町は荒れ果て、今では誰も近づかない廃墟と化していた。
町の周りを囲むように、ひっそりと佇む山々。
そこには、かつての賑わいを知る者が今は誰一人残っていない。
住民たちは一様に不幸に見舞われ、町は「忘れ去られた地」と呼ばれるようになった。

でも、その町には一つの伝説が宿っていた。
住民たちは、町を離れた者たちがある日戻ってくることを願い、その想いが強まるごとに、亡くなった者たちが冥界から戻ってくる現象が起きるという。
特に、秋の訪れと共にその現象は顕著に現れ、「還りの霊」として知られていた。

そんな中、佐藤圭太という若者は、故郷の町を訪れることを決意した。
彼は幼い頃、そこに住んでいたが、両親が事故で亡くなり、町から離れざるを得なかった。
圭太は、幼少期の思い出を辿りながら、再びその町に戻ることで、故人たちへの思いを整理したかった。

廃墟となった町に足を踏み入れると、彼の周りには静寂が広がっていた。
古びた家々は、かつての面影を失い、風に揺れる木々の音だけが響く。
圭太は何度も帰りたくなる思いを抑え、町の中央にある広場へと向かった。
そこで、昔、子供たちが遊んだ場所を見つけ、懐かしさに胸が締め付けられた。

その時、周囲の空気が微かに変わった。
冷たい風が彼の耳元をかすめ、背筋を凍らせるような感覚が走った。
「もしかして、戻ってきたのかな……」圭太は心拍数が高まるのを感じながら、思わず周りを見回した。

すると、視界の端に一人の女性の影が見えた。
彼女は髪を揺らしながらこちらを見つめていた。
圭太はその姿に懐かしさを覚えたが、同時に恐れを感じた。
「お母さん?」彼の声は震えていた。
影は微笑んで頷き、ゆっくりと彼に近づいた。

「圭太……もう一度、私たちの所に還りなさい。」

彼女の声には、温かさが混ざっているように感じられたが、同時にどこか儚さもあった。
圭太は戸惑いながらその場に立ち尽くし、何をどう思えばいいのかわからなかった。
母の記憶は手元にあったが、彼は今、好奇心と恐れの狭間にいた。

「ここには、私たちの思いが詰まっているの。故郷を忘れないで、同じ痛みを持つ者たちが還ってくる。だから、あなたも戻ることを選んで欲しいの」と母は言った。

「戻るって……どういうこと?」圭太は余計に混乱し、思わず声を荒げた。
「私は生きているのに、どうして戻らなければならないの?」

母は優しく微笑んだが、その表情にどことなく影を感じた。
「あなたの選んだ人生が、私たちの思いを背負うことになるの。それが、亡き者たちの願いだから。」

圭太は涙が込み上げるのを抑えられなかった。
彼は自分が過去の世界に取り残され、まだ然り傷ついていることを痛感した。
明るい未来を捨てて、故郷にこだわるあまり、彼の心はメビウスの輪のように絡まっていた。

「私たちを忘れないで。共に還りましょう。そのための道を整えましょう。」と母は少しずつ彼に近づく。
しかし、圭太はその手を取ることができなかった。
彼は思いつめ、「私は今の自分を生きたいんだ!」と叫んだ。

その瞬間、母の姿は微かに揺らぎ、彼の目の前で崩れていった。
「ならば、今の幸せを忘れないで。あなたは自由なのだから」と、声だけが彼の耳に残った。

気が付くと、圭太は町の広場に一人立っていた。
周囲は静かに本来の姿を取り戻し、星々が夜空に輝いていた。
彼は深い深呼吸をして、過去を受け入れる決意を固めた。
失ったものへの悲しみはあったが、同時に前へ進む力を取り戻したのだった。

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