「還らざる道」

夜が深まるにつれ、静まり返った道を一人きりで歩くのは、特に不安を感じさせた。
此処は田舎町のはずれにある一角、日々の喧騒から離れた場所であり、その静けさは時に不気味さを増していた。
この道を通る度に、何となく背後に誰かがついてくるような感覚に苛まれることがあった。
その名は、佐藤難(さとう なん)。
彼は大学の帰りにいつもこの道を選ぶが、ある晩、いつもと違う異変を感じた。

「今日も何かがいるのか…」難は心の中で呟きながら、懐中電灯の光を道の先に進めた。
背筋が寒く感じる瞬間、足音が彼の後ろから聞こえてくる。
「誰かいるのか?」と振り返ったが、何も見えない。
道の両側には野原が広がり、虫の声だけが響いていた。

ふと、心の奥底から「帰りなさい」という声が聞こえた気がした。
彼は一瞬立ち止まり、どうにかしてその声の主を見つけようとした。
しかし、前を向くと道はますます暗くなり、明かりは彼自身の懐中電灯だけだった。
その光に照らされた道には、何かが揺れているように見えた。

「帰りなさい、帰るのです」と再び声が響く。
その声は迷いの中に潜んでいた彼自身のものであると同時に、何か得体の知れない存在のものでもあった。
難はその存在を恐れながらも、気になって進むことにした。
彼はこの現象の正体を知りたいという誘惑に駆られ、恐怖に立ち向かう決意を固めた。

彼の足音が響く中、道の向こうにかすかな影が見えた。
それは一人の女性だった。
白い服をまとったその幽玄的な姿は、どこか得体のしれない輝きを放っていた。
彼女の顔は横を向いていて、まるで何かを待っているかのようだった。
難はその姿に引き寄せられ、近づくことにした。

「あなた、もしかして…」質問する間もなく、彼女は振り向き、難を見つめた。
彼女の目には哀しみが宿り、まるで自分の運命を語るかのような表情を浮かべていた。
「私は…ここから帰れないの」と彼女は語りかけた。

難はその瞬間、彼女の言葉が彼の心に深く響いた。
何かが彼女をこの場所に縛り付けている。
さらに聞き続けると、彼女は「私はこの道で、帰ってゆく者を見守っているの」と呟いた。
「私が最後にここを通った日から、いずれかの人が来ることを願っている。私を助けて…」

難は恐怖と興味が交錯する中で、彼女に手を差し伸べた。
「一緒に帰りませんか?」その瞬間、薄暗い道が光り、彼女に引き寄せられるようにした。
彼は思わず彼女の手を掴むと、急に強い力で彼女に引かれる感覚を覚えた。

その瞬間、目の前の道が崩れるように、幻想的な光に包まれ始めた。
周りの景色が溶けゆく中、「帰ることができるの?」と難は問いかけた。
「私を見つけてくれたのだから、生き残る可能性がある。だが、私を助けると、あなたも還ってくることになるわ」と彼女は微笑みながらも悲しげに言った。

意識がふっと遠くなる感覚の中で、難はやがて彼女を完全に放してしまった。
目が覚めたときには、もはやその道は消え去っていた。
振り返って呼びかけても、彼女の姿はなく、ただ静寂な夜空だけが広がっていた。

それからというもの、難はその道を通るたびに、彼女の声が耳に残り、「帰れ、戻りなさい」の囁きが心の奥底に響いてきた。
何かが不気味に待ち構えていて、いつか彼を還す日が来るのではないかと感じるようになった。
彼女の思いが、彼の心にずっと残るのだった。

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