商は静かな田舎道を歩いていた。
日が落ち始め、薄暗くなってきた道は、一日の疲れを和らげてくれる帰り道だった。
しかし、この道には古くから語り継がれる不気味な噂があった。
「この道には、二度と戻れない者が現れる」というものだ。
そんな噂を気にせず、商は何度もこの道を通って帰ってきた。
しかし、ある晩、不思議なことが起こった。
彼はいつも通り道を歩いていると、ふと目の前に白い影が現れた。
初めて見るその存在は、長い髪を垂らし、白い服をまとった女性だった。
彼女の姿は柔らかい光を放ち、まるで夢の中から出てきたように感じられた。
「あなたも通り過ぎるのですか?」その女性は不安げな表情で商に尋ねた。
彼女の声には何か切実な響きがあった。
「ええ、もうすぐ帰るところです」と商は答えた。
彼はその瞬間、自分が見知らぬ存在に引き込まれるような感覚を覚えた。
彼女の目は深い悲しみを湛え、何かを求めているように見えた。
「ここは、二度と戻れない道です。選んだ道を間違えると、あなたは終わらない旅に出てしまう」と彼女は続けた。
その言葉に、商は動揺した。
まさか噂が本当だったのか?商の心に不安が広がる。
「では、私はどちらに進めばいいのでしょうか?」彼は尋ねた。
女性はじっと商の目を見つめ、「心の声に従いなさい」と答えた。
商は一瞬立ち止まり、迷った。
道は二方向に分かれており、左は薄暗く、右は月明かりが差し込んでいた。
商は心の中で葛藤した。
それは選択の恐ろしさだった。
彼が直感で右を選んだ瞬間、女性の表情が変わった。
「あなたは選んだのですね」と、彼女は悲しげに呟いた。
そして、その言葉とともに彼女の姿が徐々に薄れていった。
商は何が起こったのか分からなかったが、急いで道を進むことにした。
彼の心の中には、選択の結果が迫ってくるようにはっきりとした恐怖があった。
しかし、通り過ぎるにつれて、道の様子が変わっていくのを感じた。
木々が異様にざわめき、靴音が響くたびに、彼の心にも陰りが差し込むようだった。
不安に囚われながらも商は歩き続けた。
その時、彼の耳元で小さな声が聞こえた。
「帰れ、もう遅いよ…」商は振り返ったが、誰もいない。
道の両側には木々が生い茂り、その隙間から微かに聞こえるささやきが背筋を寒くさせた。
彼が選んだ道は、普段の帰り道とはまるで異なっていた。
やがて商は再びあの女性に出会った。
彼女は今度は無表情で、ただ彼を見つめている。
「なぜ戻ったのですか?」彼女の呟きは、商の心の中に深く響いた。
「道を選んでしまった…」商は思わず言った。
それに対し、女性はただ静かに頷き、そして淡い笑みを浮かべた。
「それが私の選んだ道だったの。でも、あなたは違う選択をした。二度と戻れないという運命は、あなたにはまだ訪れていないのです。」
商の心に希望の光が差し込む。
しかし、その瞬間、道の周囲が再び暗くなり、彼女の姿が徐々に薄れていった。
「選ぶことの恐ろしさに気づくのは、さあ、どいつなのか…」
商はその言葉を耳にし、一度選んだ道が決して戻れない道であることを、改めて実感した。
道は再び静まり返り、彼の心には不安が広がり続けていた。
しかし、彼は一歩一歩、その道を進み続けるほかに道はなかった。
彼には、まだ選ぶことのできる運命があったのだ。