「選択の影」

彼の名は健太。
大学を卒業したばかりの若者だった。
健太は友人たちと共に新しい仕事を始めるため、忙しない毎日を送っていた。
休日、リフレッシュするために、彼は友人から紹介された田舎の温泉地へ向かうことにした。
この温泉地は、神秘的な伝説が語り継がれている場所だった。

温泉宿に到着した健太は、のんびりとした雰囲気の中でまず一風呂浴びることにした。
湯に浸かりながら、彼はふと周りの景色を眺める。
山々に囲まれた自然の中で、まるで時が止まっているかのように感じられた。

しかし、宿の中には一つの噂があった。
それは、特定の時間に山の中に現れる「束」という霊の話だ。
束は、他の人々と縁を結びつけることができると言われており、彼の存在を感じることで、人生の新たな道を示唆してくれるとも。
しかし、同時に「束」を目にしてしまった者には、思いがけない恐怖が訪れるとも伝えられていた。

その夜、健太は友人たちと楽しい時間を過ごし、いつの間にか時計は深夜近くになっていた。
お酒も入っていたため、友人たちは次第に酔っ払い、疲れて眠りにつくことにした。
健太も部屋を明け渡して外の空気を吸いにいくことにした。

月明かりに照らされた静かな山道を歩いていると、ふと奇妙な囁き声に耳を傾けた。
それは薄暗い森の中から聞こえてくるもので、健太は怖さを感じながらもその声に引き寄せられるように進んでいった。
するとうっすらとした光が見えてきて、彼はその明かりへと向かう。

光の先には、いくつかの人影が集まっていた。
健太は近づいてみると、周りの人々は服装が異なり、まるで時代が違う人々のような雰囲気を纏っていた。
彼らの中心には、束という名の霊が立っていた。

束は優雅に佇み、視線を健太に向けた。
彼の瞳は深い淵のようで、何かしらの力を感じ取れるような気がした。
束は静かに手を差し出し、健太に何かを訴えかけているようだった。
彼は戸惑いながらも、次第にその場に引き込まれていく。

「あなたの未来には、多くの選択肢がある。しかしそれらは、あなた自身が選んでいかなければならない。」束の言葉が甘く響く。
健太はその言葉に驚きつつも、何か心の奥深くに響くものを感じた。

しかし、心地よい温もりの中で、次第に不安が広がっていく。
束の周りには影が見え隠れし、次第にその姿がぼやけてきた。
健太は目をこすりながら、相手の意図が理解できなくなり、逃げ出さなければならないという思いが強まる。

「あなたは束に捕らわれてしまう。選択肢の先に待つのは、恐怖だ。」周囲の人影たちが囁き合い、彼の心をさらっていく。
その瞬間、群がる霊たちの声が中に入り込む。

健太は取り乱しながら、「なぜだ、私はただ未来が見たいだけだ!」と叫んだ。
すると束は微笑みを浮かべ、姿を消していく。

その瞬間、健太は目を覚ました。
温泉宿の自分の部屋だった。
床に転がっている自分を見て、彼は冷や汗をかいた。
周囲には静まり返った雰囲気が漂い、夢の中の出来事が現実のものに思えた。

「これが束の影響か…?」健太は不安が胸に迫り、次第にその場所を離れる決意を固めた。
彼はもう二度とあの山を訪れることはないだろうと自分に誓った。

その後、健太は日常に戻り、仕事に励んだが、あの出来事が脳裏に焼き付いて離れることはなかった。
「未来を選ぶ力」の重みを、彼は今も感じている。
ただし、その選択肢が時には恐ろしい結果を招くことを、心の片隅に覚えているのだった。

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