学は、繁華街の一角にある古びた書店に立ち寄った。
そこは街の人々にあまり知られていない隠れ家的存在で、面白い本がたくさん置いてあった。
彼はその中の一冊、「消えた声」というタイトルに惹かれ、思わず手に取った。
その表紙には不気味な模様が施され、どこか魅かれるものがあった。
本をめくると、「この本を読み終えた者は、選ばれた存在となり、他者の声を盗ることができる」という不気味な予言が書かれていた。
単なる小説だろうと思った学だったが、そういった奇妙な内容に心を掴まれてしまった。
彼はそのまま本を購入し、家に帰った。
学は夜になり、静かな部屋で本を読み始めた。
物語は、声を盗まれた人々の悲劇や、盗まれた声が暗い運命をもたらすという内容が続く。
緊張感に包まれる中、物語の主人公が声を盗む儀式を行うところで、学は思わずページをめくる手が止まった。
まるで、何かが自分を呼んでいるかのように感じた。
興味本位で、学はその儀式を試みてみることにした。
彼は部屋の明かりを消し、真っ暗な部屋の中で呪文を唱えた。
しかし、静寂が訪れるだけで、何も起こらなかった。
「こんなことは信じられない」と彼は笑いながらも、心のどこかで期待していた。
その夜、学は安らかな夢を見た。
夢の中で彼は、無数の声が重なり合う美しい音楽に包まれ、まるで自分が特別な存在に感じられた。
だがその次の日、彼は異変に気付いた。
友人たちとの会話の中で、彼らの声が途端に小さく、遠くに感じられるようになっていた。
まるで何かが日常から消えてしまったかのようだった。
学の周囲で、さらに奇妙なことが起こり始めた。
彼の友人である太郎が急に言葉を失ってしまったのだ。
彼は何かを話そうとするが、声が出ない。
最初は病気を疑ったが、次第に太郎だけではなく、他の友人たちも次々と声を消していくことに気づいた。
学は恐怖に駆られ、まさか自分の実験が関係しているのではと焦った。
彼は本を再度開き、詳しく調べ始めた。
そこで明らかになったのは、声を盗まれた犠牲者たちが取り返しのつかない運命に直面するということだった。
学は自分が軽率に無邪気な実験を行った結果、友人たちの声が消えてしまったのだと理解した。
毎晩、太郎の無情な目が学の夢に現れ、彼に向かって「お前が助けてくれ」と叫んでいた。
その視線は次第に恨みを帯びていき、学の心に重くのしかかってきた。
彼は逃げ道を求め、再び書店に向かうことに決めた。
だが、そこはもう存在していなかった。
代わりに、空き地には風が鳴り、古びた本のページが散らばっていた。
学は絶望的な気持ちで帰路についた。
しかし、心の奥ではまだ贖罪の方法が残されていると信じていた。
彼は友人たちの声を取り戻すため、再び儀式を試みることを決意した。
冥暗な夜、彼は部屋の中で呪文を唱え続けた。
その瞬間、信じられないほどの冷たい風が彼を包み込み、凍りつくような恐怖が胸を締め付けた。
彼は一瞬意識を失い、目を開いた時、周囲は真っ白な世界に包まれていた。
声を盗む代償として、彼自身の存在が消えていく感覚がした。
その夜以降、彼は姿を消し、友人たちの声も戻ることはなかった。
そして、学の名前は誰の記憶にも残らず、ただ消え去るのみだった。